第5話


 "この前、井戸が壊れてしまいました。

 アンジェラが居ないから、修理の役割決めでももめて、中々修理が進みません。

 毎日、毎日、皆がアンジェラの帰りを待っています。"


 自室にて、アンジェラは友人から来た手紙に目を通していた。

 すっかり、都市の水道が通った環境になれたアンジェラにとって、井戸という言葉はどこか滑稽だった。

 集落で起きたトラブルで、揉める皆の姿も簡単に想像できた。

 私が居ないと、本当にしょうがない人達、とアンジェラは微笑んだ。

 ただ、その続きの分を見て、アンジェラは表情を硬くした。


 "井戸だけじゃなくて、作物を守るための罠も壊れていました。

 作物が食い荒らされてしまいました。

 あのジョンが作ったものだったから、きっと粗悪品だったのでしょう!

 本当にだらしのない人!"


 先程まで丁寧に書かれていた分は、此処を境に、乱雑で筆圧が強く書かれていた。

 罠だって手入れを怠れば、壊れるだろう、それはこの手紙を書いた友人だって分かる筈だ。

 ただ、集落の皆、少しでもジョンが関わると全てをジョンのせいにしてしまう。

 アンジェラは手紙を最後まで読まず、テーブルに放り投げた。

 先程まで、懐かしいノスタルジックな感傷に浸っていたのに、嫌な気分にさせられた。


 それに……故郷の事は懐かしい記憶だけど、本当に良い記憶だっただろうか。

 集落の皆はアンジェラを頼りにしていた。

 だが、裏を返せば、何もかにもをアンジェラ任せにしていた。

 徴兵の時だって、誰一人手を挙げなかった。

 集落の皆は、自分達では何もせず、何もしようともせず、ただただ朽ち行く故郷の不平不満を述べている。

 都会の空気に触れだしたアンジェラは、故郷に対し不満を持ち始めていた。


(私は違う、自分から行動して、チャンスをつかみ取ったんだから)


 アンジェラは引き出しから、別の手紙を取り出した。

 それはあの中佐からの推薦状。

 これにサインすれば、アンジェラは更なる高みへ行ける。

 この国の首都中枢へ、一握りのエリートへ、自分は特別になれるのだ。


 だが、今だ決心がつかなかった。


「そうだ、ジョンに相談してみようかな」


 ◇


 気が付くとジョンは、布団の中に居た。

 布団の中に居ても凍えるひゅうひゅうとした隙間風、間違いないここは故郷の自宅だ。

 意識が朦朧としていた彼は、今までの悪い夢を見ていたと思った。

 ようやく全てが終わり、目が覚めたのだ。

 外から控えめな足音が聞こえ、やがて、誰か部屋に入って来た。

 暗くてよく分からないが、恐らく女性だ。


「アンジェラ……? 」


 ジョンが声をかけると、その人影はビクリと跳ね上がり、持っていたトレーを落とし、部屋から逃げ去った。

 一瞬、廊下の電灯に照らされたその女性の姿は、アンジェラでは無かった。

 彼女よりも背も髪が長く、なにより褐色の肌をしていたからだ。

 ジョンはある考えが頭をよぎり、飛び跳ねるように身を起そうとしたが、腕に手錠をかけられていた。

 そして、確信し、絶望した。

 褐色の肌、それはファンタジア公国から弾圧を受け、山々に逃げ込んだ先祖の生き残りの肌の色。

 そして、その恨みを晴らすべく、今まさに、公国と激しい戦いを繰り広げている民族。


 公国の敵だった。


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