第4話
ジョンは死体袋を担いでいた。
計5つ。
始めて出撃したジョン以外の新兵全員だった。
彼等は踏んだこともない雪山に足を取られ、右往左往しているうちに瞬く間にやられてしまった。
ジョンが幸運だったのは、狩猟手として雪山で狩りをしていた経験があったということだ。
けれども、これを幸運だとはジョンは思えなかった。
◇
3か月後、丁度アンジェラが充実した日々を送りだして居た頃。
ジョンは同僚たちと固くて、冷たいヘリの床に座っていた。
彼等の膝が震えているのは、床がとても冷たくて、怖いからだ。
ジョンもお守りのように支給された2、30年前の古いボロボロの小銃を抱きかかえる。
「行け! 行け! 行け!」
ヘリのドアが開け放たれると、ジョン達はヘリの乗員から外へと突き飛ばされる。
彼等達が一面の銀世界に飛び込むとすぐに、正面から幾多の発砲音が響き渡る。
「くそ、こんなとこに放り込みやがって! 」
「怯むな、敵は脆弱だ! 進め! 」
「かあさん、かあさん!」
一人の錯乱した若い兵が敵に背を向けて逃げ出したが、直後、脳天を撃ち抜かれた。
それを見て、ジョンは積雪に張り付くように身をかがめた。
凍てつく寒さだが、ここには身を守れそうな遮蔽物は無かった。
そんなジョンの様子を、初日に出迎えた兵は嘲笑う。
「けっ、てめぇも雑魚だな」
「あぶない、頭を下げてないと撃たれますよ! 」
「臆病者はそこで這いつくばってればいい。
俺はやるぞ、戦果を挙げて、都市に配属されて、女を抱きまくってやるんだ。
……俺はやるぞ、俺はやるぞ」
自分に言い聞かすように何度もつぶやき、意を決したように、小銃を連射しながら立ち上がったその兵士だったが、次の瞬間、文字通りハチの巣にされた。
自分の目の前に倒れたその亡骸と目が合い、ジョンは思わず嗚咽を漏らした。
「あれは」
彼が持っていた小銃がジョンの目に入った。
彼のものも旧式だったが、若干状態が良く、何より、遠距離用のスコープが付いていた。
ジョンはそれを手に取り、構えた。
スコープを覗くと自然と心が落ち着いた。
彼が狩猟者だったからだ。
いつもやっていたように、這いつくばって、ゆっくりゆっくりと気配を殺して前に動き、それを構えた。
スコープの先に――おおよそ500m先に獲物が見えた。
その獲物は
だが、ジョンの方が早かった。
ジョンは人ではなく、RPGの弾頭に狙いを定めた。
よくみると、その敵は同い年ぐらいの青年だった。
ジョンの指が固まった。
「……ごめんよ」
けれども、ジョンは獣を狩るときに捧げる言葉を呟き、彼は引き金を引いた。
◇
それでも、運が尽きるときは来る。
「高度が保てない! このままじゃ墜落する! 」
ジョンはゲリラに対する強襲作戦に参加していた。
作戦が完了し、ヘリに搭乗・帰投している時、ゲリラの放った対空ミサイルが命中した。
推力の落ちたヘリは徐々に高度を落としていった。
「機体を軽くするんだ、荷物を落とせ! 」
ヘリのパイロットは叫んだ。
死にたくはない。
ジョンを始めたとした兵士達は次々と自らの装備品を投げ捨てた。
だが、それでも高度を上げることができず、ヘリの前方に山が立ちはだかった。
このまま墜落すれば、敵地のど真ん中に落ちることになる。
誰もの脳裏に死がよぎり、ヘリの中に警告音だけが木霊する。
口を開いたのは、この作戦を率きいていた若き隊長、ウィリアムズ伍長だった。
「パイロット、一人……いや、80㎏ぐらい軽くなれば山を越えられるか 」
「ああ、その計算だ」
「良し、わかった。
ジョン、頼むぞ」
あっけらかんと言い放った隊長の言葉を、ジョンは理解が出来なかった。
「た、頼むとは? 」
「ええい、この期に及んでも君は理解が遅い!
ヘリから降りろ、ジョン! 」
「此処で!? 敵地に降りろと言うのですか!? 」
「ああ、これは命令だ! 」
ウィリアムズは立ち上がり、ジョンの座席のシートベルトを荒々しく外し始めた。
ジョンは激しく抵抗した。
「ま、待ってください、隊長!
此処で死ぬなんて!
僕は死にたく……! 」
「はっきり言う、僕には分からない!
君が生きてる意味が分からないんだ! 」
騒がしいもみ合いの中、その鋭い糾弾の声が何故か綺麗に響いた。
ジョンは絶句した。
ウィリアムズはおおよそ犠牲を強いているとは思えない態度でジョンを睨みつけ、非難した。
「僕には分からない!
何故、田舎生まれで、身寄りも無くて、どうしようもない小心者の君が生きようと思う訳が!
議論の余地もない、ろくでもない人生じゃないか! 」
「く、苦しい人生だからこそ、これから頑張って……」
「君みたいな意気地なしにそんな人生はない。
それに僕は今の話をしているんだ!
知っているだろう、僕の父はこの国の大臣だ。
多くの人々が僕に期待している、僕には生きる意味がある。
例えば、ハワード一等兵の父は少佐だったな 」
「え、ええ、そうです! 隊長、私も死ぬわけには」
「コラム二等兵も、クリスも、子供がいるな? 」
「その通りです!」「帰りを待っている筈だ」
ウィリアムズの自己紹介にもあった通り、政治家の父譲りのプレゼンテーションで、彼はヘリの空気を完全の自分のものとした。
ジョンは友軍の中で孤立無援になった。
「お前の臆病者さにはうんざりだったんだよ! 」
「俺がジョンの立場なら、自分を犠牲にしていた筈だ! 」
「さぁ、早く飛び降りるんだ! 」
ジョンの抵抗虚しく、4,5人掛かりでジョンのシートベルトが外された。
ウィリアムズ達は、ジョンを放り投げようとはしなかったが、彼らはジョンを取り囲み、睨みつける。
まるでジョンが間違っているかのように。
「おい、何をしているんだ!
早く機体を軽くしないと山に突っ込むぞ! 」
後部の様子が分からないパイロットが焦ったように叫ぶ。
ウィリアムズが静かに口を開いた。
「ジョン、意味のない人生、最期に意味のある人生にしたらどうだ? 」
「皆の為、犠牲になれ……と? 」
「生きてても仕方ないじゃないか 」
ウィリアムズは当然とばかりにいい、仲間達も頷く。
ジョンは絶望し、仲間に背を向け、ヘリのドアを開けるほかなかった。
眼下には針葉樹林の山林が広がる。
落ちてしまえば、きっとどれかの木の先端に刺さり、
死んでしまうだろう。
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