第3話


 アンジェラと別れたジョンはその後、更に三時間近く走り続けた。

 都市部は見えなくなり、道は細くなっていき、やがて、木々に囲まれた泥の堆積した獣道へと変わった。

 そして、ジープが止まった。


「此処だ。降りろ」


「あの係りの方は? 」


「いない、この道を歩き続けろ。

 早く降りろ」


「は、はい」


 ジョンがジープを出た瞬間、運転手はまるでこんなとこに居たくないと言わんばかりに、荒っぽくジープを発進させた。

 半ば放り出されたジョンは、身震いした。


「さ、寒い。北の方なのか? 」


 故郷も決して住みやすい気候では無かったが、此処はあまりにも寒すぎた。

 僅かな手荷物をもって、林の中の道なき道を歩き続けると、林を開いてできた陣地が見えて来た。

 何かの袋を山のように積み重ねている、あれはきっと資材だろう。


 ここはきっと資材の後方基地か何かだ、ジョンは安堵し、一人の兵に声をかけた。


「あ、あの」


「ん、誰だお前は? 」


「僕はジョン・クーパーです。その、これからお世話になる――」


「あー丁度いい、来い。これを山に積み上げてくれ」


 その兵が指さす黒色の大きな袋からは、鼻を塞ぎたくなるような嫌なにおいがした。

 ジョンはぞっとした。

 狩猟をしていたジョンには、この匂いがなにか分かったからだ。


「まさか、これは」


「あ? 見れば、分かるだろ。

 死体袋さ。

 お前此処が何処か知らずに……ああ、どうやら、お前はあのお偉いさんの機嫌を損ねたらしいな」


「そ、そんな! 」


「ようこそ、地獄へ! 」


 その兵士はニヤリと気味の悪い笑みを、ジョンに見せた。

 ジョンは身震いした。

 この極寒にも、その兵士の姿にも、死体袋の山にも、その向こうに見える聳え立つような雪山にも。

 ◇


 雪山をも越えて、進軍せよ。

 このフレーズは、公国軍歌の一節だ。

 ファンタジア公国は古来から、富国強兵を掲げ、軍事力を以って周辺地域を占領してきた。

 もっとも、近代になり、他の先進国と比べると大国とは言えなくなってきたが、それでも、他の東欧国家と比べるとやや大きい国と言える。

 しかし、長年、軍事力をものに領地を拡大してきた代償として、今なお現住民との対立が続いており、それにより軽犯罪・略奪、陰惨な事件が発生している。

 その為、ファンタジア公国は自分の領土を守る為、軍備を増強しなければならなく、それは地方格差を生み出す要因となっている。

 そして、その公国の一番の悩みの種は、北部に聳え立つ山々ベネチア山脈に住むものたちだ。

 高地に住む者達ハイランド・ハイランダー、彼等は独立の為なら、最も過激なテロ行為も辞さず、しかも、標高の高い山々に住んでいるため、中々掃討出来ないでいた。


 そう、ジョンが連れていかれた先は、まさにその最前線だった。



 ◇


「並べー! 」


 ジョンがこの陣地に連れて来られた二日後のことだった。

 ここ一週間の間に集められた新兵たちが、陣地の小さな演習場に集められた。

 彼等はゆっくりできたわけではない。

 死体袋の処理を永延と繰り返し、隙間風の酷いテントで薄い寝袋で雑魚寝する。

 ジョンはまだ狩猟の経験があったから、どうにかなったが、他の新兵たちは見るからに疲弊していた。

 すると、彼らの前に教官らしき男が現れた。


「勇敢な志願兵諸君、これより、実戦的な訓練を行う!

 実戦を想定し、迅速に行動せよ! 先ずは武器を取れ! 」


 ジョンは目の前にある台を見て絶句した。

 そこにあったのは、錆と泥だらけの古い型式の小銃(弾は装填されていない)とジャガイモだった。


「よし、訓練用手榴弾を敵陣地に投げ入れろ! 」


 訓練用手榴弾……まさか、このジャガイモのことか?

 新兵たちは顔を見合わせて困惑するが、その様子に、苛立った教官は鋭く笛を鳴らす。

 仕方がないので、ジョン達は皆おずおずとジャガイモを投げた。

 投げられたジャガイモは次々と敵陣地(ただの段ボール)へと入った。


「逃げ出す連中を、小銃で仕留めろ!

 撃て―! 」


 これも仕方がないのでジョン達は弾の入っていない小銃を構え、何もない所を撃つ素振りをする。


「よし、ゲリラたちは掃討された!

 よくやった! 」


 訓練終了らしい。

 新兵たちは顔を見合わせ、苦笑した。

 ジョンは一体、どんなシゴキが待っているかと思ったが、大したことは無かった。


 だが、そんなジョンの頭上から激しい爆音が聞こえて来た。

 驚いて上を見やると、軍のヘリがジョン達の目の前で着陸態勢に入った。

 教官はヘリの爆音に負けない大声で、ジョン達にこう言った。


「喜べ!

 この極めて実戦的で、実用的な訓練を乗り越えた貴様らに、公国の名を背負い、あの忌まわしいゲリラと戦うことを許可する!

 これより、ゲリラ陣地に対し攻勢作戦を発動する!

 総員、ヘリに乗り込め! 」


 ジョン達は唖然とし、その場で固まって、動けなくなる。

 教官は命令を受けたのに動かない新兵たちを、不思議な顔で見ていたが、やがて合点が行ったような顔をした。


 「ああ、弾は持っていけ。

  ただし、一人2弾倉マガジンだけだ」

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