第2話

ジープの車列が集落を後にする。


「必ず帰って来てよね、アンジェラ」「俺、アンジェラさんに伝えたいことが……」


集落の人々は去り行くジープに縋りながらも、去り行くアンジェラとの別れを惜しんだ。

ただ、ジョンとの別れを惜しむ声は聞こえなかった。


やがて、集落が見えなくなり、ジープの後席に乗せられた二人の間に沈黙が流れる。


「……しっかりしてよ」


アンジェラが窓の外を見ながら、ぼそっと呟いた。

ジョンはごめんと言う。


「なんで、私が怒っているの? 」


「あ、ああ。もちろん。

 僕がアンジェラの代わりに立候補しなかったからだろう? 」


「違う!

 そもそも、私から立候補したじゃない 」


「そうだったね」


ジョンは幼馴染のアンジェラに対しても、おずおずと顔色を伺うように話す。

アンジェラはもういいよと言って、また窓の外を見た。


そのまま会話は無く、3時間ほどの後、地方都市が見えてきたところで運転手が車を止めた。


「此処でアンジェラさんは降りてください」


「えっ、私だけなんですか? 」


「ご安心を、係の兵が貴女をお待ちしておりますので」


運転手の兵はアンジェラに柔和な笑みを浮かべた。


「その、僕は」


「君は違う」


運転手の兵はジョンにぴしゃりと言った。


となれば、アンジェラとジョンはようやく互いを見つめなおした。


「暫く、お別れだね」


「その、ごめん」


「だから、なんで謝るの?


 軍の人達曰く、任期は三年。

 三年間頑張れば、また会えるんだし、ね? 」


「そうだね……死んでなかったらね」


「はーっ、後方のお仕事なんでしょ、死ぬわけないじゃん。

 なんで、いっつも君はそうマイナス思考なのかなぁ

 じゃあ、係りの人が待っているから、行くね」


最後にジョンの肩を励ますようにポンと叩くと、アンジェラは車から降りた。

待っていた係りの兵は、中年の女性兵だった。

優しい笑みを見せ、彼女はアンジェラに敬礼して見せた。


「勧誘をした中佐から、伺っているわ。

 貴女は志の良い淑女だと」


「それは言いすぎです。

 ですが、ご期待に沿えるよう努力します」


「まぁ、しっかりした子だとこと。

 安心して、貴女は綺麗なオフィスでの仕事だから」


軍人らしさを感じない優しい態度に、少し不安だったアンジェラは安堵した。

と、同時に後ろでジープが動き出し、遠くへ消えていった。




それから、三か月後。

アンジェラは多忙ながらも、充実な日々を送っていた。


「アンジェラ、中佐が貴女のまとめた報告書を褒めていたわよ。

 昇進させてやってもいいって」


「あはは、そんな言いすぎですよ」


「ねぇ、アンジェラさん。

 今日はせっかくの金曜日だ。

 二人で食事にでも行かないかい? 」


「うーん、またの機会にね」


アンジェラは職務を終え、自分の支給された住居に帰る。

今、彼女は都市に住んでいる。

以前の集落とは大違いだ。

高層ビル・マンションが所狭しと並び、もうすっかり夜だというのに、町は活気であふれている。



大変だけど、こんな生活も悪くないと思う。

ふと、ジョンの事を思い出す。

子犬のような、何時まで経っても情けない幼馴染だった。


しかし、嫌いだったわけでは無かった。

集落の作物を守る為夜通し畑を見回ったり、泥の詰まった排水溝の処理をしたり、そういうことを誰にも言わず、黙ってどうにかしていたのはジョンだった。

アンジェラはそのことを知っていた。


「あと少しだけ、勇気があればなぁ」


確かに軍の仕事は大変だけど、この経験がジョンを少しでも成長させてくれたら。


「その時は、ね」

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