志願兵――Fires of Survive

@flanked1911

第1話

「我がファンタジア公国は常に平和を望んでいる。

 しかし、卑劣な周辺国家は一方的かつ自分勝手な挑発を繰り返してきている!

 領土が欲しい、覇権が欲しいと!

 しかしながら、我が栄えある公国は平和という偉大な使命の為に戦わねばならん! 」

「……」

 とある古典的な東ヨーロッパ風の古びた集落で、若者たちが役所前広場に集まっていた。

 その中央の演題には、立派な行軍用の制服を着た軍人が立っていて、声高らかに演説をしていた。

 しかし、若者たちを見る限り、その熱のこもった言葉が響いているとは思えなかった。


「集落につき、最低一人は志願する事。

 これは我が公国の義務です」


 副官らしき眼鏡をかけた将校が、ぴしゃりと言い放った。

 だが、これが始まって3時間、誰一人として志願者は出て居なかった。

 若者たちは時々目配せして、ある青年の方をチラチラと見る。

 その青年は、その視線に気づいているのか、どこか落ち着きがない。


 彼はジョン・クーパー。

 本当に物静かな青年で、この集落で猟銃を使い、細々狩猟を営んでいる。

 それでいて、今年で18になったばかりで、未婚の独身。

 銃を扱ったことがあり、身寄りが居ない。


 誰も口には出さない。

 だが、誰もがこう思っていた。

 あいつが行けばいいと。


「ええい、国王陛下がこの集落のことを聞いたら、溜息をつかれるだろうな。

 もう一度言う、志願する者は!? 」


「……」


「何も、最前線に送り付けようとは言いません。

 あくまで後方支援の役割であり、もちろん、十二分な賃金その他福利厚生も完備しています。

 繰り返しますが、これは我が公国の義務です 」


 そして、ようやく手が上がった。

 その手は誰もが期待していたジョンではなく、白く綺麗な華奢な手だった。




「はい、私が」


 手を挙げたのはアンジェラという名の淑女だった。

 彼女はジョンの幼馴染であるが、ジョンとは違い、彼女は頭脳明晰で、親切で穏やかでそれでいて、人懐っこい性格も持ち合わせて居た。

 上質な絹のようにしなやかな茶色の髪、雪のような白い肌、彼女は老若男女から慕われる集落の人気者だった。


「アンジェラ、どうして!? 」「アンジェラさんが行くことないよ! 」


 他の集落の人々から、悲鳴のような声が上がるが、アンジェラは彼らに笑顔を見せた。


「仕方ないよ、誰かが行かないといけないなら。

 軍人さんの事はよくわからないけど、でも誰かの役に立てるのなら……。

 私、やるよ」


「なんと、素晴らしい心構えだ。

 美しいのは容姿だけでなく、内面ものようだ。

 貴女の志願、我が公国は慎んで御受けしよう」


 役割を引き受けたアンジェラと軍人の歓迎の言葉に、皆一同は絶望した。

 そして、怒りが湧いて来た。

 それは勧誘しにきた軍人にでもなく、その命を出してきた国家にでもなく、もっと身近な存在だった。


「おい! 」


 一人の大柄の青年が、ジョンのことを突き飛ばした。

 尻もちをついたジョンに、男女問わず大勢で取り囲む。


「お前、彼女と幼馴染だろ、なんとも思わないのか!? 」


「いや、僕だってアンジェラが居なくなるのは辛い……」


「辛いじゃないでしょ、つらいのはアンジェラよ! 」


「そうだ! 

 俺がジョンの立場なら、自分を犠牲にしていた筈だ! 」


「お前さえ居なければ! 」


 元々内気だったジョンは気圧されるばかりで、何も言い返せなかった。


「あ、あの、私は納得しているから、皆、止めようよ」


 アンジェラが困惑しながら皆を止めたことで、事態は沈静化したが、皆が冷たい眼でジョンを見る。

「この臆病者め」目は口程に物を言った。


 こんな修羅場でも、軍人たちはノルマ達成の為、追撃を行った。


「ジョンと言ったか。

 公国男児がなんとも情けない。

 少しは、彼女を見習ったらどうなんだ? 」


「僕は……でも……」


「ふむ、貴方の家系は成程両親が他界されていると。

 分かりませんね、ならば、この土地にこだわる必要もないでしょうに」


「それでも、僕は……」


「何を言っている、聞こえないぞ!

 はっきり言いたいことがあるなら言えばいいだろう! 」



 ジョンは意を決して、口を開いた。

 僕は行きたくない、死にたくない。




「分かりました、行きます」




 だが、ジョンの口からでたのは、この言葉だった。

 軍人たちはにんまりと笑った。

 しかし、アンジェラの時とは違い、ジョンの時には皆が悲しむことは無かった。

 ただただ、侮蔑の目を向けた。



 誰もが、自分が手を挙げなかったことを棚に上げて。






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