第3話 始動 2: 寿ー拘り(1955.)
「起業?」
夕飯後、お茶を飲みながら、話を切り出す和幸さん。私は目を丸くした。子供たちは布団でもう寝ている。今日もめいっぱい遊んで疲れたようだ。
「ああ。お前、いるなら、買ってやるというのに、全然、電化製品に興味がないじゃないか。」
和幸さんは目を斜め下に落とし、すこし、頬がふくれている。かわいい。
***
興味がないわけではない。和子として昭和ー平成ー令和と生き、物余りの時代で目が肥えたのだ。電化製品だけではない。洗剤、食べ物の調味料や、衣服もそう。
大量消費生活に埋もれた結果、和子人生後半の生活はむしろ、今の寿の生活とそう変わらない。
まず、石鹸。一番いいのは菜種油の廃油でつくった石鹸だ。これは、大量生産の工業製品のようにグリセリンを取り除いていないので、洗濯したとき、タオルがふっくらとする。これは材料が手に入れば自宅で作れる。
掃除のときには、重曹やクエン酸、酢があればなんとかなる。若い時、洗剤コーナーの前で物色していた際、売り子の人としゃべっていて、はっとしたのだ。
「これねー、台所用とか、お風呂用とかいろいろ出てるけど、結局ね、パッケージ変えて新製品出さなきゃいけないからなのよね。」
シャンプーは石鹸、リンスは酢。アロマテラピーに一時期凝った時、ナチュラルな暮らしの方法を追求した。
調味料もそうだ。基本の調味料というのは決まっている。調合の手間を省いたのが料理名の表示で小分けパックで売られている。調合の配分を知らなければ、勿論便利であるが、令和の時代、ネットにレシピは検索すれば、すぐ出ていた。それを見て、何度か作れば、大体調合を覚えるものだ。
庭にはハーブや食べられる物を植える。コロナ過で園芸にまで手を出した。化学肥料ではなく、有機栽培。肥料は自宅から出る生ごみたい肥。同志はネット上にたくさんいる。やり方はそこで学んだ。
野菜が取れたら、保存方法も考える。ぬか漬けだって始めた。全部一律冷蔵庫につめこんだりしない。
服は既製品に飽き、自分でミシンで改造していた。パジャマなどは、究極の品を求めて、自分で密な目のガーゼ生地から作成した。何度か作れば、型紙作成も見当がつく。
セーター類、編み物は学生時代に習得し、二本の木の棒と毛糸さえあれば、どんなデザインのものも製作可能だ。時間は少々必要だが。
さて、電化製品についてだが、私は好みがかなりうるさい。ものすごく制御されたものが嫌いだ。例えば、オーブンレンジ。「クッキー」とか「ケーキ」とかのボタンで簡単にされているやつ。電子レンジと共用になっていて、こちらの機能の分も「ミルク温め」とか「お弁当」とか書いてある。
が、私は250度、30分とか、700W、1分とか自分でしたい。ボタンは大きなお世話なのだ。そしてオーブンとレンジが一体になっているゆえに、オーブンが壊れたら、レンジ機能も利用不可だ。だから、オーブンレンジが壊れた時、迷わず、シンプルな電子レンジを購入した。レンジとオーブン、使用頻度はどっちが多い。明らかにレンジだ。
オーブン代わりは、高性能なフライパンの上下二枚重ねで十分だ。フライパンなら、日常普通によく使う。その延長でいいだろう。
洗濯機。全自動洗濯機など大嫌いだ。水を大量消費して融通が利かない。ドラム洗濯機は、強すぎて布地が痛む。電源が入らなくなったとき、迷わず、二層式洗濯機を買った。全自動洗濯機が普及する前に主流だった製品だ。ダイヤルで自分の好きな設定にできる。そう、私はマニュアルが好きなのだ。職業がSEで、プログラマーのプログラミング等、人任せにした部分の解明が遅れる、それを機械のオート設定に見ているのかもしれない。時代は、必ずしも、進歩しているわけではない。以前の方式がいいことだって絶対ある。
そして、デザイン。無骨な物は家に合わない。数奇家は、廃れたとはいえ、茶を嗜む数寄者の家系だ。家具も「粋」を重視しているのに、現在出ている電化製品が置かれると、絶対、途端に残念になる。令和でこそ、デザインも多様になっていたが、それでも購入時、機能とデザイン共に満足するというのはなかなかないのだ。
***
「そうですね、これから、家電業界は伸びると思います、私も。でも、見通しはあるのですか。」
「自分に電化製品を作ることはできない。けど、弟なら可能だろう。あと、営業とか経理とか経営に必要な人材も当てがある。会社を興す資産も。」
「では、反対する理由など、ございませんわ。女だてらに、私も手伝えることがありましたら手伝います。」
「ああ。電化製品は家事をする人が一番利用するからな。女性目線というのは重要だ。助かるよ。お前は先見の明がある気がするし。」
「弟とは、友幸さん?」
「まだ、これから話をするんだがな。今度、呼ぶからその時は同席してくれ。ああ、その前に、まずは、改めてお前の電化製品についての考えを、聞かせてくれないか。」
そこで、私は和幸さんに、熱く電化製品について語った。今後、「三種の神器」として「洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ」が定着するだろう、電子レンジはまだ世の中に出ていないから、パイオニアになれる可能性がある、そして電子レンジの利用方法について語った。
和幸さんは、私が、死んで和子に転生したが、リセットで寿に復活した、とかは知らない。というか、そもそも私は誰にも言っていない。言ったところで、頭がおかしい人と思われること必至だ。しかし、自分のこだわりポイントとなると、どうしても、語ってしまう。譲れない。
和子の知る歴史では、一番最初に普及する電化製品「三種の神器」は「洗濯機、冷蔵庫、白黒テレビ」であるが、令和の時代、テレビはネットに押されている。しかし、電子レンジは置き換えが聞かない。
オーブンレンジが壊れた時、最初電子レンジもなしで過ごそうとした。しかし、面倒くさいのだ。温めなおしに蒸し器で蒸す。ホットタオルを作るのにお湯を沸かして絞る。できなくはないが、工程が多い。
なお、電子レンジは温めだけではない。時短調理のパートナーだ。メインを鍋で料理するにしても、じゃがいもやかぼちゃを電子レンジで先に少々加熱しておくほうが
いい。また、ホットミルクを作るのに、電子レンジ以上のものはない。
また火なら放置できないが、電子レンジならしかけておいて手が離せる。
未来で見たとはいえないから、和幸さんには、こんなものがあれば、非常に役に立つというのを現在あるもので例に挙げ、ざら紙に鉛筆で図を描いて示す。この時、デザインについても、言及するのを忘れない。和幸さんも数奇家当主。「粋」のこだわりについては、即座に納得した。あとライフスタイルの変化の可能性。高度経済成長で、家族の食事の時間はだんだんずれていく。どんな時も、出来立ての温かさのほうが良いに決まっている。
私はテレビより電子レンジ推しだ。そして、今後の未来は変える気満々だ。和子のかつて見た覇気のない祖父、和幸が、自分の人生を生き始めたのだから。
次は、一般的なところ。工場が生産する際の注意点。やだ、もう止まらない。一晩中、私は語り、和幸さんは、時折、私の抽象的な表現を具体化して、メモをしていた。
遠くで、鶏が鳴くまで、二人して、時の経つのを忘れていた。
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