第3話 始動 1:和幸ー内省(1955.)

 数奇和幸。自分は数奇家15代目当主にあたる。数奇家はかつてこそ、茶道で名を馳せたこともあったらしいが、明治、大正、昭和の時代のうねりの中で、普通の家に変化した。今、茶道は、身内の集まりで少々嗜む程度で、現在、自分は余模須江市役所に勤務し、家内の寿と二人の息子と暮らしている。平穏を感じている為、少し、内省してみたい。


 自分と同年代ならば、皆体験しているだろうが、第二次世界大戦で、自分ら、成人男子は赤紙一枚で徴兵された。若い自分らは唯の駒だった。配属によっては、そこに所属した時点で人生が終わった。

 情報操作により、「日本が優勢」とずっと言われて、ギリギリのところで、通常では首を傾げるような、拙い技術の武器で戦わされ、結局敗戦した。自分は幸いなことに生き残り、後遺症もないが、身にも心にも傷を負い、未だ立ち直れぬ者も多い。


 寿とは配属先の詰所で出会った。寿はその時、まだあどけない女学校の学生だったが、炊き出しでその詰所が担当だった。最初に見かけた時、作業の手順を先輩らしき女性が、

「これを運んで、次にあれをして。」

と指示を出すのを、

「何故ですか。あれの作業途中にこれを運ぶ方が、理にかなっていると考えますが。」

といっていたので、思わず吹き出した。

案の定、

「つべこべ言わないで、言われた通りにしなさい。上からそういう風に言われてるのよ。」

と叩かれていた。

 見目美しい女はいくらでもいるが、頭で考えられる女はそうそういない。否、女に限らず、男を含めてもだ。そこで、先輩女性が去った後、寿の作業を手伝い、話をしたのが、つきあいの始まりだ。


 お互い戦争を生き残り、無事結婚し、子宝に恵まれたのは、本当に幸いだ。最も、幸寿の出産の際、風呂場で幸寿を布でくるみ、抱いたまま血だらけで倒れている寿を見た時は、もう駄目かと思った。あの時、寿が死んでいたならば、自分は幸寿を直視できず、育てる自信がない。否、幸寿だけでなく、まだ手のかかる幼い寿和だって育てられない。その後、適当に見合いをして、子育て要員としての妻を入手し、自分が死んだような生活を送ったかもしれない。生きていてくれて、本当に良かった。


 寿はあの時、一度、死線を超えたのだろう、幸寿を生んで以降、先見の明が冴えている。最近、出始めた、家事の時間短縮になるであろう、電気機器についてのコメントがいちいち面白い。

 ふつうは

「欲しい、しかし、高すぎる」

となるものだが、

「冷蔵庫、初期製品は、内部にフロンが使われている可能性がありますね。当分、この木と氷の冷蔵庫で大丈夫です。流行りものは、必ずしも使い勝手とかがいいものとは限りませんし、物のほうを自分たちの生活様式に合わせるものです。」


「洗濯機、水を絞る機能なら、時々欲しいと思いますが、順番、分類を分けてまめに洗ってますし、困っていませんよ。」


「テレビ、白黒のブラウン管ですよね。家庭に持つには時期尚早ではないですか。」

などという。技術を否定しているのかと思えば、


「いいえ、もっといいものなら、欲しいんです。今出ている製品の技術は、飛ばしてできると思います。リープフロッグというのかしら。カエルがぴょーんとジャンプするように、今のより格段に進んだ、いい製品を。」

という。

 そんなこと言われると、作ってやりたくなるじゃないか。自分に技術面はできないけれど、自分の弟、友幸なら試作品が作れそうだ。

 この先、絶対に、家電業界は伸びる。寿は自分が市役所を辞め、起業するとしても文句は言わないだろう。戦争自体は災難だったが、その時出会った、多彩な分野の仲間もいる。


 人生、勝負にでようじゃないか。


 






 

 

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