第2話 リセット 2:寿ー決意(1953.2.)
横の障子がガタタタと開く。寿和だ。
「あ、母さんが起きたぁ!」
私を確認すると、満面の笑みを作って、障子を開けたまま、元来たほうにぱたぱた駆けていく。
「コラッ、寿和。廊下を走るんじゃない。」
向こうの方で、和幸さんに怒られているようだが、あまり深刻ではない。
これはずっと寿の見ていた、当たり前の日常。しかし、和子の記憶の載っている今はなんだか複雑な心境だ。寿和=親父殿。あまりに知ってる姿と程遠い。
「父さん、早く、早く。」
向こうの方で、寿和が和幸さんの周りをぴょんぴょん飛び回っている気配がする。同時にゴソゴソ物音がする。幸寿を連れてこようとしているのだろうか。大分、手間取っているようだ。まだ少し時間がかかりそう。自然に笑みがこぼれる。
寿の知る寿和は、子供らしい子供だ。純粋で、親切で、なにより笑顔が可愛い。人見知りをする傾向はあるけれど、明るい良い子だ。それが、何故、能面と作り笑いで終わるのだ。何を、どこまで、どう我慢したら、相手の顏を伺う、弱気で、世間体一番の、つまらない人間になるのだ。
和子の記憶があると、何か頭の中がややこしくなる。私は消えろ的に、頭の上を手で仰いだ。
スタスタという音が近づいてくる。同時にぱったんぱったんと伴奏があるのは寿和がまとわりついているのだろう。旦那様の登場だ。
「寿、無事で何よりだ。」
久しぶりに見る和幸さんは少しやつれてみえるけど、相変わらずイケメン。腕には、さらしで、ぐるぐるまきになった赤ちゃんを抱いている。そういえば、誰もいないときの自宅出産で、お風呂場すごいことになってたろうな。第一発見者は確実にトラウマでしょうね。。。和幸さんかしら。
「やっぱり、男の子だったな。予定通り幸寿にしよう。」
「ええ。二人の名前を組み合わせただけなのに、とてもおめでたい名前ですね、幸寿。」
幸寿は、寿和が赤ちゃんの時とそっくりだ。同時に生まれていたら一卵性といっても通用するかも。まつ毛はこの子の方が長いけど。
「ぼくは、ぼくはー?」
「お前の名前を一番につけたんだし、勿論お前もいい名前だ。寿和。」
寿和は、ちょっと得意そうな顔をして幸寿の頬をつつく。
「早く大きくなれよ。兄ちゃんといっぱい遊ぼうな。」
突然の兄貴風だ。子供は時々急に大人びたことを言う。
開きっぱなしの障子から、廊下、庭と視界が広がり、庭の木々には雪が積もっている。完全な晴天。寒いが、日差しの中には、どことなく春を感じる。
「雪とけて、四人家族が、誕生す。」
「相変わらず、俳句がお好きですね。」
「…二でも三でもなくてよかったよ。」
「ご心配おかけしました。」
本当に、幸せな四人家族の誕生だ。
そう、今いくつかのトラウマが未然に防止された。和幸さんの妻を失うトラウマ、寿和の母を失うトラウマ、幸寿の母殺しの汚名的なトラウマ。そして、私が生きていたら、和幸は悠子と再婚する必要が全くない。
私のSE魂は健在だ。SEの真骨頂は「トラブル未然防止」である。本当に優れたSEは目立たない。問題や事故を起こさないよう、事前に手を打っているから。マッチポンプの、問題を華麗にすぐ治めましたというSEは目立つので、素人な管理職は「おお、頑張ってるねえ。」なんて惑わされるようだが、違う。
だから、私は生きてやる。少なくとも息子達が成人するまでは。生きること自体がトラブル未然防止だ。和幸さんの妻、寿和と幸寿の母。このポジションを、今度は、誰にも譲らず、鉄壁に守る。
ただ、私はこの「リセット」後の人生を神やオカルト系幸運の類とは考えないし、寧ろ和子の記憶が残る不自然さには、今後の自分の存在の危うさを感じる。そこで、常に備えよう。もし急に私が消えたとしても、いつ何があっても、息子達が「自分の今」を生きることを放棄しない強い心を持つように。沢山、目と手をかけて育て上げるわ。
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