第1話 最初のターン 2:寿和ー回想(2023)
数奇寿和。僕は数奇和幸と寿の長男として生まれた。第二次世界大戦が終わり、日本が復興を始めた時期で5歳までは特に問題なく育ったと思う。
しかし、1953年2月16日、最初の不幸がやってきた。母、寿が弟の幸寿を生むと同時に他界したのだ。幼児二人を一人で育てられない父和幸は見合いをし、当時の所謂「オールドミス」だった悠子と1955年に結婚した。これが二つ目の不幸だ。
もう少し補足しよう。最初の不幸は、母を失ったというだけではなく、その死の要素となった幸寿にどうしても親切にできず、わだかまりがずっとあるということ。
二つ目の不幸は、悠子が、劣悪な部類の継母であったということだ。思えば、最初からひどかった。記憶の一番最初にあるのは、結婚したばかりの悠子に、僕が大事に持っていた家族写真を眺めていたのが見られ、目の前で破り捨てられたことだ。
その写真は、僕が持っていた、父と母と僕の写っている唯一の写真であった。その後、悠子に髪をひっつかまれ、服の下の目立たないところを、殴るけるという暴力を受けた。僕は、とにかく耐えた。悠子のヒステリーが過ぎるのをじっと待ち、いなくなったところで、慌てて、写真の切れ端を拾い集め、隠し終えて一人泣いた。今思い出しても涙が出てくる。
ありがちではあるが、悠子に子供、僕の腹違いの弟悠三、が生まれて以来、よりひどくなった。悠子は悠三に、食材で一番良いものや、新しい布でできた衣服など、すべての良いリソースを与えた。そして、僕には食べ残しを与え、かなりひどい状態のお古を着せた。仕事から遅く帰宅する父の前では、それでもうまく取り繕っていた。へんな猫なで声で、
「寿和くんはよくできたお兄ちゃんでね、悠ちゃんを可愛がってくれるの。小さいうちが一番重要でしょうって、一番おいしいものは悠ちゃんにってくれるし、悠ちゃん小さいから特に新しいものを着たほうが安心だからって、節約して、自分から古着を着てるのよ。」
と父に何かにつけ、刷り込んでいた。
悠子の水面下での僕への暴力はエスカレートしていた為、僕も父に何もいえなかった。古着で隠れる所には切り傷、青痣の絶えない状態だったが、顔や手の見えるところは問題なく、その頃は、父もずっと問題のない家庭だと思っていたようだ。
一つの転換点となったのは、小学生高学年の時か。それは、悠子が僕の教科書をすべて取り上げ、捨てた時だ。流石に困り、帰宅した父にそのことを言うと、それまで父に本性を隠していた悠子が激高し、僕の頬を勢いよく叩いたのだ。その後、悠子の僕に対する悪意はもはや隠されることがなく、僕の通信簿の家庭欄にはありえない悪口が書かれ、中学の時は、弁当も何か買う金も持たされず、水で空腹をしのいだ覚えがある。
父は悠三の結婚式を控えた一か月前に事故死をしたのだが、その時、悠子は
「この人ったら、こんな大事な時に死ぬなんて。」
と言い放ち、遺体を蹴飛ばした。さらに、ここぞとばかり、生前父の使っていた生活用品を捨て、さらには目障りだからと母の位牌を仏壇ごと捨てた。
僕は恐怖でただ見ていることしかできなかった。父が死んだとき、僕は年齢としてはいい大人であったが、幼少期に植え付けられた恐怖心というものは、そうそう克服できない。
子供の時の育ち方が不幸でも、大人になって幸せな家庭を築く人もいるのだろうが、僕はうまくいかなかった部類だと思う。職場の人の紹介で、今の妻とお見合いで結婚し、娘が一人生まれたものの、家庭というものがよくわからず、仕事に逃げた。
頑張って公務員になって、家と職場を往復するだけの毎日を何十年も続けた。高いわけではないが安定した給料を手に入れた。退官してみれば、趣味もなく、家でも居場所がない。標準的がいいと思っていた。でも、標準ってなんだ。
やりたいこと、そんなもの、ずっと昔にあきらめた。いまさら何もできないじゃないか。
病院の布団に丸まり、ただ時間が過ぎるのを待つ、そんな毎日がただ過ぎていく。
余命が伸びるわけではなく、もうじき死ぬというのに、時間を持て余している。走馬灯は何度も巡るが、思考は同じところに引付けられる。子供の時に母さんさえ死ななかったなら。74なんて、男だなんて関係ない、しなくて済んだ苦労、越えられなかったトラウマ、それが悔しくてならない。
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