寿 cubed
若阿夢
第1話 最初のターン 1:寿和ー発症(2022)
2022年10月
本月7日に74になった僕は数奇寿和という。現在、余模須江市立中野下大学病院のベッドで寝ている。自宅は余模須江市の北部にあるが、ここは南部。車で片道2時間というところか。この距離と、コロナ過による面会制限で、家族は医師の説明や手術等がない限り、週一回15分ほど来るだけだ。それで僕は、時間を持て余している。もっとも、家族が来たところで、弾む会話はないのだが。
思いは沈む。
何事もうまくいかない。直近の事もそうだし、人生全般もそうだ。否、人生全般なんて悟りを拓ける境地にいるわけではない。なるべく正確に表現すると、僕の心境は混乱、または混沌。衝撃の原因は、先日、並野医師から受けた余命宣告だ。
「原発不明癌ですね。余命、後、半年です。」
病院には初期症状が出たときからかかっていたのに、か。
今年の夏、なんだか腹が気持ち悪いので近所の病院に行った。そこは所謂「かかりつけ」ではない。「かかりつけ」なんてコロナ騒ぎの時からよく出てくるが、病院にお世話になったことなどほとんどないのだ。だから看板があって目についた処。そこで、胃薬を処方されたので、2か月飲んだが、どうにも治まらない。
他に知っていて、以前かかったことのあるのが、この中野下大学病院だった。そこで、予約して、受診すると、そのとき主治医だった妃土居医師がまだそこにいた。
久しぶりに会う妃土居医師は、
「あー、飲んでるこの胃薬、強すぎじゃないの。これのせいだよね。」
と、特に診察せず、パソコンの画面から、ちらっと眼だけこちらにやって言った。
「あの、それにしては、なんか、ずっといろいろ痛くて、気持ち悪いんですけど…」
僕がおずおずと口にすると、妃土居医師は椅子をくるっと回して、やっと僕の方に向かい、
「お腹の痛みなんて誰にも分りませんよ。」
と無機質に言い、
「もう少し優しい薬出しときますね。ちょっとこれで様子みてくれる?」
とまた、椅子を戻し、パソコンの画面に集中し始めた。もう帰れという事なのだろう。看護師が扉の所に待機している。
痛みは一向に引かないし、悪化している。
家に帰ると、妻が
「顔色悪すぎよ。ねえ、検査はちゃんとしてもらったの?」
と聞いてくる。
「いや、お忙しそうだったから、、」
言葉を濁す僕に、妻が畳みかける。
「何言ってるの、医者は診るのが仕事でしょうが。」
今度は妻に連れられて、中野下大学病院の時間外窓口に行った。検査をした結果、今度は即入院となった。それからいきなりの余命宣告。妃土居医師は同じ科にいる筈だが、あれきり全然出てこない。
「治らないんですか。」
「食べられないんですか。」
「家に帰れないんですか。」
どれもNOの返事が返る。
並野医師と看護師の説明だとこうだ。
・点滴をすれば、生きながらえることはできる。
・癌になった部分を切除することはできるが、進行が早く全てを取りきることはできない。
・介護保険を今まで使っていなかったのなら、申請して使えるようになるまでに時間がかかるから難しい。在宅ケアの体制は無理だ。
74という歳はそう若くないのに、癌の進行が早いとは、納得がいかない。
点滴で痛み止めが効くと、尚の事、余命半年なんて実感が沸かない。大体、今まで大きな病気なんてそれこそ、十数年前に妃土居医師にかかった時ぐらいだ。
「今のうちに、やりたいことをやってください。」
僕は耳も頭も悪くないのに、老いた患者に一様にだろうか、大声で怒鳴る並野医師にそういわれても、特に思いつかない。死ぬ実感がない。だけど、死にたくない。何か食べたい。治りたい。
「癌になったところみんな取ってくれませんか。食べられるようになりたいんです。」
「取ったところで治りませんし、人工肛門をつけないといけなくなりますよ。」
「それでもやってください。」
2022年12月
癌の個所はことごとく取った。なのに癌は猛スピードで、僕の体内を駆け巡る。手術でどんどん消化器が無くなっていく。だけど、ついに癌が手術が危険すぎて取れない状況になった。癌のところは皮膚の上からでも触ると固い。
大学病院に来た時は、きちんと余所行きの上下を着て歩いて来たのに、今や車いすにおむつ姿で、点滴と人工肛門の袋やチューブが外せない。そして、何度、手術しても肝心の、食べることはできない。なぜこのようになったのか。
見舞いに来る妻に
「誰か、連絡したい人はいない?親族は?」
と尋ねられた。
「いや、誰にも言うな。葬式が終わるまで、絶対、誰にも言うな。」
こんな恥ずかしい姿誰にも見せたくない。親族もしかり。
なぜなら、私の親族は、ほぼ他人なのだから。
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