第7話

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 自分の身体が、普通とは違うのではないかと気づいたのは、30歳になった頃だ。


「夕映はずっと若々しくていいな。俺なんか最近体力が落ちてきてさあ。夜中まで残業とか絶対ムリだわ!」


 肩を回しながら夜遅くに仕事から帰宅した紘が、大きなため息をつく。でも次の瞬間には、私の作った大好物のハンバーグを前に、目を輝かせるのだから高校生の頃からちっとも変わっていないように見える。


「そうかな? あんまり考えたことないけど、普通じゃない?」


「いやいや、普通じゃないって。目尻にしわとか一つもないし。俺なんかほら、しわもくまもこんなにあるぞ」


 笑い話のように私に顔を近づける紘を見て、私はおかしくて吹き出した。でも確かに、私は高校生の頃から身体の老いを感じていない。学生時代の友達からも、どこのサロンに通っているだとか、どのスキンケア用品を使っているだとか、アンチエイジングの話についていけない私を見て、「夕映は肌も綺麗でハリがあっていいわよねえ。悩みなさそう」と言われたのはつい最近のことだ。


 そればかりではない。

 体力も、気力も、10年前から少しも変わっていないことに気づいた。

 私ってこんなに体力がある方だったっけ——と気のせいのように思っていたことも、40歳、50歳を過ぎればさすがにその異常さが分かる。私の身体は、歳を取らない。病院に行っても、医者たちは皆頭を悩ませた。原因不明ですね。現代医学で解明されていない私の身体の症状に、興味津々の医者や研究者たちが次々と声をかけてきた。私は、そんなバカな、と自分の運命を笑った。


「なあ、昔一緒にクリスマスに映画を見に行っただろ」


 窓の外でシンシンと雪の降る、幻想的な夜だった。

 還暦を迎えた紘は、昔を懐かしむように目を細めてそう言ってきた。ここ数年で、紘は一気に老けたように思う。顔にできたいくつかのシミや白く染まる髪が、私たちが共に過ごしてきた時間を思わせて愛しかった。と同時に、どうして自分はこんな子供の姿のままなんだろうと、胸が疼いた。


「ええ、見に行ったわね。懐かしいなあ」


 紘が言う映画とは、高校1年生のクリスマスのデートで見た映画のことだ。細かな内容は忘れてしまったけれど、二人で見た初めての映画だったから、映画を見た思い出はずっと心に残っている。


「あの時さ、俺思ったんだ。もし自分が誰かのために命を使えるなら、それほど嬉しいことはないって」


 紘はどうして、いつもそんなふうに他人のために生きられるんだろう。

 私は自分の悲しいこととか辛いことからどうやって逃れたらいいのかって必死に考えていたのに。


 私は……怖い。自分の命がなくなってしまうことが。逆に、終わりがないと思ってしまうことが。歳を取らない私の身体は、もし紘がこの世からいなくなってしまっても、孫ぐらいの世代の子たちが歳をとっても、一生このままなのかもしれない。最後に訪れる圧倒的な孤独を思うと、私は紘に縋り付かずにはいられなかった。


「紘は、すごいね。私は怖くて怖くて身体が裂けそうだよ……っ」


 紘の温もりを感じたくて、私は精一杯身体を震わせて泣いた。紘は予想通り、「大丈夫だ」と私を抱きしめた。大丈夫。大丈夫だ。私は不死身じゃない。ただ身体が衰えないだけで、寿命はいつかくるのだ。紘と同じくらいの時に。紘と同じ時間の流れの中で。

 私は命を燃やすんだ。


「俺たちはずっと繋がってるから。だから夕映を置いていったりしない」


 紘の優しい言葉が、いつだって私の胸を貫く。私は震える身体が、いつしか落ち着いていくのが分かった。紘の温かい手が、私の背中を包んでくれていたから。私たちは、行き先の分からない運命の列車の屋根に乗って、振り落とされないように必死で二人、繋がっていた。

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