第5話

 私と紘は、高校生活を共にしていくうちに自然と互いに打ち解けるようになった。高校1年生の秋、紘の方から告白をされて、私たちは正式にお付き合いをすることに。周りの女の子たちからは、人気者の紘と内気な私が恋人になったことで、多少攻撃的な視線を向けられたが、紘が私を庇ってくれた。

 そのうち誰も私たちのことを変な目で見ないようになり、私たちはお互いのことしか見えなくなっていた。


「夕映ってさ、映画が好きなんだよな」


 12月になり、本格的な冬がやってくると、私たちはいつも身を寄せ合うようにして学校から帰宅していた。紘はあれだけ部活動見学に行ったのに、結局部活には入らなかった。聞くところによると、最初から部活に入る気はなかったそうだ。ただ私を誘い出すきっかけにするために、一緒に部活見学に行こうと言ったのだと、後から知らされた。私ももちろん帰宅部だから、放課後には二人で帰宅部の活動をするのが日課になっている。


「え、うん、まあ。といってもそんなに詳しいわけじゃないよ。何が好きかって言われたら、例えば読書とか音楽とかに比べたら映画が好きだってだけで」


「そっか。クリスマスにさ、映画見に行かない? 俺、気になってる映画があるんだ」


「うん、いいよ。楽しみ」


 紘がクリスマスに私を誘ってくれたのが嬉しくて、映画だってなんだって良いと思った。紘と並んで歩く帰り道は冬の日だって寒くない。かじかんだ手のひらを、紘の手にそっと重ねる。紘はいつでも私の手をぎゅっと握り返してくれた。

 まるで、私と絶対に離れないと言ってくれているようだった。


 来るクリスマスの日、私は紘と待ち合わせをして繁華街の映画館にやってきた。街はイルミネーションの光と華やいだ恋人たちの声に包まれて、否が応でも気分は最高潮に達していた。


 これから見ようと思っている映画は、青春ラブストーリーだ。紘がラブストーリーに興味があるとは思ってもみなくて私は驚いた。ポップコーンとジュースを買って二人で映画の席に着くと、本当にデートをしているんだな、と実感させられる。今までは公園で話すとか学校から一緒に帰るとか、高校生らしい遊びしかしてこなかった。今日が初めてのデート記念日かもしれない。


 やがて映画が始まると、私も紘もお互いのことなんて忘れたように食い入るように画面を見つめていた。映画は、余命いくばくの男の子と、死ぬことができない身体に生まれてしまった女の子の、切ないラブストーリーだった。ファンタジックな設定が入っていたが、母のことを思い出して感情移入してしまい、私は終始ハンカチを握りしめていた。映画が終わった後、涙でぐしゃぐしゃの私の顔を見て紘が、ぷっと吹き出した。それから、わしゃわしゃと頭を撫でてくれて、「夕映は感受性が豊かだな」と優しい顔で言った。私はこっくりと頷いて、今隣に紘がいてくれることの喜びを全身で噛み締めていた。


「さっきの映画じゃないけどさ、俺、たぶん死ぬまで一生夕映のこと好きだと思うわ」


 映画の後、カフェで二人で夜ご飯を食べている際に、紘が真顔で私にそう告げる。一生、という言葉が意味するところを考えた私は全身が熱くなるのを感じた。付き合いたての高校生カップルが甘いことを言っているだけかもしれない。でも、紘の言葉は誰の言葉よりも私の胸を熱くし、心を溶かしていく。私はもう一人じゃないと言ってくれているようで、心の底から嬉しかった。紘は、大好きだった母を失い、家族を失った私が、たった一つだけ見つけた光だ。


「私も、一生紘のことが好き。たとえおばあちゃんになっても、しわしわの手で紘と手を繋いでいるよ」


「じゃあ俺も、しわくちゃの手で握り返すから」


 二人して、しわしわだとかしわくちゃだとか言いながら笑い合う。聖なる夜は一秒、また一秒と過ぎていく。あの日、母がいなくなって泣いていた日、半年後の自分が、愛しい人の前で笑えるようになるなんて思ってもみなかった。

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