第3話

「二宮さん」


 放課後、机の上で突っ伏していると誰かに肩を叩かれてクラスが解散していることに気づいた。ここ数週間、シングルマザーだった母が亡くなり親戚の家に厄介になり始めてからというもの、私は家でも気が休まらなかった。夜眠れないことが多く、病院で睡眠導入剤を処方してもらっている。


「ああ、ごめんなさい」


 誰に謝っているのかも分からないまま、私は席を立ち上がった。


「ちょっと待って。あのさ、一緒に部活動見学に行かない?」


「え?」


 明白に自分に興味を持って話しかけられていると知って、私は声のする方に顔を向けた。その人は紛れもなく、あの渡井紘だった。昼間の自己紹介の記憶がフラッシュバックする。私の自己紹介を聞いて、唯一大きな拍手をしてくれた人。暗い気持ちでいる私を、引かずに見ていてくれた人。

 でもなぜ、突然部活見学に?

 訳が分からなくて、私はその場で固まってしまった。


「えーっと、今、新歓やってるじゃん。俺、まだ入りたい部活決まってないんだよね。二宮さんもほら、さっきの自己紹介で部活のことは話してなかったから」


 渡井くんは、頭の後ろを掻きながらそう話した。確かにこの時期、上級生たちが部活の新歓をやっているけれど、どうして私を誘うのだろう。太陽みたいな笑顔を周りに振り撒く彼は、入学早々多くの友達に囲まれていた。だからこそ疑問だったのだ。日陰者の私みたいな人間に、どうして彼が部活見学に一緒に行こうだなんて誘うのか。


「私、多分部活には入らないよ」


「そうかーでもいいじゃん。見るだけだし」


「はあ」


 部活動には入るつもりはなかった。それなりにお金だってかかるのに、親戚の叔母さんに迷惑をかけるわけにはいかない。叔母さんは私を引き取ってくれたけれど、たぶん本当は引き取りたいなんて思ってなかったはずだ。叔母さんのうちに子供がいなかったのが救いだが、それでも私は家の中を漂うよそよそしい空気に、いつも泣きたくなっている。


「それじゃあ、行こうか」


「え、今日?」


「当たり前じゃん。新歓はすぐに終わっちゃうんだから」


 グイグイと話を引っ張っていく渡井くんに、私は半ば強引に教室から連れ出された。私たちの様子を見ていたクラスメイトたちが、「何あれ」と囁く声が聞こえたけど耳に蓋をした。目の前を駆けるようにして歩く、たった一人の男の子の背中を見つめていると、私はどうしてか心が凪いだ海のように落ち着いていたのだ。

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