第2話

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二宮夕映にのみやゆえです。母が亡くなったばかりで、今はどうしていいか分かりません」


 高校1年生の春、まだどこかよそよそしい空気の流れる教室で、担任の今田先生が「自己紹介をしよう」と言い出した。知らない人ばかりのクラスだから、当然の流れだった。

 みんなが壇上で口々に出身中学校や趣味、入りたい部活などを話していく中で、私の番が回ってきた。


 母親が亡くなったという強烈な自己紹介を聞いたクラスメイトたちの顔が、一瞬にして凍りついたのが分かった。名前もまだ覚えきれていない男子や女子たちが、私に憐れみの視線を向ける。一番前に座っている子たちは、どう反応すればいいか分からない、というふうにみな一様に俯いた。


「えー、二宮。辛い時に、ごめんな。もしよかったら、何か好きなこととか教えてやってくれ」


 この教室の中で一番焦っているであろう先生が、一瞬にして重たくなった教室の空気をどうにか和ませようと、私に話題を振ってくれた。


「好きなこと……は、映画鑑賞、です。それぐらいです」


 数秒の空白のあと、まばらな拍手が響き渡った。拍手をしている人としていない人は、半々くらいだ。しかしその中で、一際大きく拍手をしてくれている人がいて、私はふと視線をその人に向けた。

 教室の一番後ろの窓際の席に座っている男子生徒だ。確か名前は——そうだ、渡井紘わたらいひろ。中学の時はバレー部のキャプテンをしていたんだって、女子が噂で話していた。入学してから今まで話したことはない。背は高く、肌も白い方で爽やかなイケメンだとみんな頬を赤くして話していた。


 渡井くんは、私と目が合うと、食い入るように私を見つめ返してきた。他のクラスメイトのように俯いたりしない。どうしてなんだろう、と私は不思議だった。教室の中を流れる時間が止まったみたいだ。彼と私が無言で対話をする時間が一秒、二秒、と長く感じられた。


 渡井くんが窓をそっと開けると、暖かい風が吹き込んでくる。春だ、と反射的に身体が反応した。凍りついていた教室の空気が、春風に溶けて、みんなほっとした様子で顔を上げる。私が自分の席に戻り、次の順番の浜崎さんが話し出す頃には、教室の雰囲気はすっかり和やかなものに戻っていた。

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