第二話 生い立ち

 凪の母、みさきは、この村のほとんどの人間がそうであるように、漁師の男と漁師の娘とのあいだに生まれた。


 岬の母、つまり凪の祖母は産後の肥立ちが悪く、岬を産んでひと月もしないうちに他界した。それから、凪の祖父、青一郎せいいちろうは男手ひとつで岬を育てたのだ。


 何事もなければ、岬もまた漁師の男と結ばれ、子どもを産み育て、平凡な一生を送るはずだった。


 だが年頃になった岬は、金髪に緑の瞳の青年が、瀕死の状態で浜辺に倒れているのを見つけた。岬は彼を家に連れ帰り、ほかの村人たちが止めるのも聞かず献身的に介抱した。


 その甲斐あってか、青年はめざましい快復を遂げ、自分はルイスといって大瑛だいえい帝国の商人だが、事業で失敗が重なり、とうとう船が難破して最後の財産も失って、この村に流れ着いたと言った。岬と青一郎は同情し、ルイスさえよければいつまでもここにいてよい、骨身を惜しまず働けば、いまにきっと村の一員として認めてもらえるはずだと言って、ルイスは青一郎とともに漁に出るようになった。やがて岬とルイスは深い仲となり、凪が生まれたのだ。


 だが何年経っても、村人たちはルイスを認めてはくれなかった。ルイスのみならず一家全員に手を替え品を替えいやがらせをしたあげく、とうとう、ルイスを追い出さなければもう漁をすることを許さないと青一郎に言い渡した。そのことを知ったルイスはある夜ひそかに家を出て、そのまま行方知れずになった。岬が身も世もなく嘆き悲しんだのはいうまでもない。


 さらに不運は続き、凪が五つのとき、岬と青一郎は流行り病で命を落とした。孤児となった凪は網元である銛田もりた家に引き取られ、八年ものあいだ下働きとしてこき使われている。


 この家から、この村から、逃げ出そうと思ったことは数知れない。だが、亜麻色の髪にはしばみ色の瞳をした、どう見ても異人の血を引いている自分だ、どこへ逃げても受け入れてもらえるはずがない。


 いっそ死んでしまおうかと思ったこともまた数知れないが、そのたびに、母さんもおじいさんも父さんも、わたしが自ら命を絶つことなんて望まないにちがいない、それに父さんは死んだと決まったわけじゃない、いつかこの世で再会できるかもしれない、と自分に言い聞かせて思いとどまるのだった。

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