第13話入学式

「――――ッ間に合った……道に迷ったせいで一時はどうなる事かと思った……」 


 俺の名前は川橋豊。今年から高校に通う新一年生で駅からの道中、道に迷ったせいで入学式早々遅刻しかけた愚か者だ。


「少し余裕をもって家を出なかったら、確実に遅刻していたな……入学早々恥をかくところだった」


 春の穏やかな風が爽やかに建物の間や道を吹き抜けて、道行く人々の髪や洋服をヒラヒラとなびかせ、満開の桜の花弁が花吹雪となって実に絵になる。

 絵心や構図を切り取るセンスがあれば、俺は鉛筆やカメラ片手に桜の木に張り付いていた事だろう。


 道路との境に植えられた背の低い低木には、淡いピンクのつつじの花が咲いており、命芽吹く穏やかな陽気を視覚的に感じさせる。


 きっとこの世界でも父が生きていれば、花見の季節だと言うだろうし、母ならば祝い酒が美味い季節だと言うだろう。

 なら俺は恰好つけて、新しい出会いの季節とでも言ってみようか……少しかっこつけ過ぎたかもしれない。と自分を諫める。


 そんなことを考えながら緩やかな勾配の長い長い坂道を歩いていくと、段々と人の服装が変化していく。大きな違いはスーツ姿のサラリーマンや私服っぽい格好の人々は激減し、紺のブレザーに黒がベースのチェック模様の入ったスカートに、赤いチェックのネクタイやリボンを結んだ女子学生の数が多くみられるようになる。

 しかし思いのほか生徒の数が少ないように思う。

 周りを見回すとバスが停車しており、多くの生徒がバスから下車している。


 なるほどバス登校が基本なのか。


 コレから通うことになる高校の事を考えれば当たり前だ。


 私立峰ヶ岬学園付属高校は、戦前女子教育の師範学校として設立された由緒ある進学校であり、いわゆるお嬢様学校である。少子高齢化とおよそ6年前に起きた日本侵攻と言う隣国との戦争によって、労働者が激減したことで方針転換を余儀なくされ、数年前から「ジェネラリストよりスペシャリスト」と言う看板を掲げ各界の第一線で活躍する。人材排出を目標とした男女共学の総合学園へと変貌を遂げた。


 法的な保護者である叔母の娘……従妹が務めているという事もあり叔母の勧めで、行きたい学校もなかった俺は、この学校を受けていたらしい……らしいと言うのは俺は元々この世界とは違う日本でサラリーマンをしていた。横転したトラックにひかれて気が付くとこの風変わりな日本に転移? タイムリープしていた。

だから俺……と言うかこの世界の俺がこの学校を選んだ理由はそんなところだった。


 さて、とりあえず入学案内ではクラス分けが張り出されているから、それを見て講堂へ向かえばいいんだったな。

 遠目からでもわかるように、桜の花形に切り取られた画用紙などでデコレーションされた木製の立て札には、俺と同じように真新しいおろしたての制服を身にまとった新一年生達が群がっていた。


 俺は人混みをかき分けて、中心部であるクラス分けの張り紙へと足を進めていく……。


「俺のクラスはどこかな――――」


 俺は目を皿にして張り紙の中から自分の名前を探す。


「あ、あのもしかして……川橋豊くん?」


 予想外な事に名前を呼ばれた。

 その声音に聞き覚えがあった。もう何十年も聞いていなかった幼馴染の声。だがはっきりと確信をもって思い出せる。良かったこの世界でも生きていた。


「そうだけど……」


俺は声のする方へ振り向いた。


「ホントだ。豊君がいる!? 嘘、何で? もしかしてお姉知ってた?」

「知らないよじゃなきゃこんなに驚かいよ!!」


長い長髪は腰に届くほど長く卵型の整った顔立ちは、二人とも瓜二つであり見分けるが付かないほどである。


「ゆいとかおりか?」


その顔に見覚えがった。昔叔母の家……母方の祖父の実家に遊びに行っていた時によく遊んだ双子の姉妹がいた。それが唯と香だった。


「なんでそんな間違えたかもなんて顔してるの? あんなに一緒にいたのに私たちの顔忘れたの? 確かに私達も声かけるのは不安だったけど……」


「まぁまぁお姉……しょうがないよこんな美人姉妹に成長してるから戸惑ってるのかな?」


何で小悪魔ムーブをかましたと思ったら自信なさげにブレーキをかけるんだよ……


「二人とももともと美人なんだ。別にそこは変わってないよ……忘れるわけがないだろう?」


「確かに私たちの見分けが付いてるもんね……」


確かにこの二人なら入れ替わりをやっても気が付かないだろう。

そして、先ほどから目の端に映っている三ヶ日桃が声をかけずらそうにしている。


「三ヶ日そんなところに居ないで出て来いよ……」


三ヶ日は渋々と言った表情でおずおずと、俺達三人の前に姿を現した。


「ユウト君聞いてないのだけれど……貴方がこの学校の生徒だなんて……」


「あれ言ってなかったか……」


「私を貴方の修羅場に巻き込まないでほしいのだけれど……」


「と言うかその美人さんだれ?」


唯が口を開いた。


「――げっ!! 痛って何すんだよ!」


三ヶ日が俺の足を踏みやがった。


「入学前に地元であったのよ……彼女でも何でもないから安心して頂戴私は失礼するわね……」


そう言って三ヶ日はこの場を後にした。去り際に俺に耳打ちをした「後で話があるわ」と言った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る