第192話 魔狼の邂逅とブレードリヒのやらかし

「魔狼よ……最悪の魔物が現れた」ミランダが眉間に深くしわを寄せた。


魔狼まろうって?」

 

 俺だって魔狼まろうと言うからにはオオカミの類いだって事くらいわかる。

 あれでしょ? シベリアンハスキーみたいな、ちょっとおバカっぽい……違うの?


「森の中では最強。群れで行動するから最悪。そして匂いで獲物を嗅ぎ当てるから『隠遁ステルス』が意味をなさない」

 とレオがわざわざ教えてくれる。


 苛立たしげにブレードリヒが手にしたむちをピュンと振るった。

「かっ! 情け無い。獣は火を恐れるではないか? 火焔魔法フレィムで追い払ってしまえ。我らは一刻も早く迷宮ダンジョンの入り口に到達せねばならんのだ」


「ダメだよ、森の中で火焔魔法フレィムなんか発動したら、森が燃えちゃう」

 思わずレオが反駁はんばくすると、ブレードリヒの顔が歪んだ。


「黙れ、小娘。ワシに逆らうか?!」


 またむちを振り上げたから、その手から無理やり奪い取った。


「何をするか貴様っ!」


 左手をかざしている。

 こいつは雷撃を放つ気だ、と思った瞬間体が勝手に動いた。ヤツの左手を手繰り寄せると胸の中心を掌底しょうていでトンッと弾く。


「んごっ」


 たちまち胸を抱えてその場に崩れ落ちた。

 胸尖きょうせんという急所だ。ここを弾くように叩くと、肺と心臓が圧迫され息が詰まる。


「ごちゃごちゃうるせぇぞ、おっさん。レオに手を出すなら俺が相手になってやんよ」


「ぬぅ?!……貴様、貴族に向かって……」


 苦しげな息の下でもお決まりの文句を言ってくる。コイツほんと全力でぶん殴りてぇ……。


「何をしておられる、非常事態ですぞ。ショーカンと女、魔道士は奥へ、領軍は防御陣営っ」


 領軍の隊長らしき男が、息を詰まらせているブレードリヒの肘を持ち上げ、集まってきた魔道士に預ける。


 俺たちに背を向けて盾兵たちが取り囲み、防御陣営を作り上げた。


「グォルル……」

「グルル……」


 闇夜に関わらず赤い瞳があちこちに浮かび上がる。オオカミとは明らかにサイズが違い、子牛ほどもある巨体が右に左にうろつき始めた。


 さぁ、どうやって狩ってやろうか? と吟味しているようだ。


「は、早く火焔魔法フレィムで追い払え! オオカミごときに手間取るな」

 こんな時にまで甲高い声で口を挟んでくるから、魔道士たちに迷いが生まれた。


 誰だって生命の危機なんて早く潜り抜けたい。まして領軍の魔道士なぞ魔物には不慣れと来ている。


「「オーム彼の敵を……」」


 口腔を反響させるような呪文が始まると、ザザッ……と空気が揺れた気がした。

 

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