第185話 ランカーの意地

 塹壕ざんごうから顔を出したサラマンダーがあたりを火の海へ変える。


「伏せろっ」


 誰が叫んだかはわからない。

 だが咄嗟とっさに地に臥した者はその頭上を真紅の炎が駆け抜け、不運にもその延長線上にいた者は消し炭へと変わった。

 ただの炎ではない。

 全てを焼き尽くす灼熱の火焔フレアだった。


「クソっ」


 起き上がった冒険者の見事なフォームから放たれた手槍は、目にも止まらぬ速度でサラマンダーに突き当たる。

 が、その白銀の穂先はキンッと乾いた音を立てて弾かれた。


「歯がたたねぇ」


 サラマンダーは彼の歯噛みする呟きも、ただの賛辞だ、と言わんばかりに重そうなその頭を向けた。


「伏せろ!」


 誰かの叫びも虚しく真紅の炎がそこらを焼き尽くす。


「ギャァァァァ――ッ」


 転げ回る彼はあっという間にブスブスと黒い消し炭へと変わった。


「ありえねぇ……」


 吐息のような一吹きで、100名に一人しかなれないBランカーを消し炭に変えてしまう理不尽。


「「「ぬぁぁぁ――っ」」」


 絶叫をあげるランカーたちが高速で魔力を循環させ始めた。

 モリモリと筋肉が膨れ上がり、手に手に獲物を抜き放って低く身構えている。巻き起こる魔力の循環はついにビリビリとあたりの空気を振動させ始めた。


 サラマンダーは膨れ上がる魔力に興味を惹かれ、のっそりとこちらへ体を向け――捕食するつもりらしい。

 これまでのノロノロとした動きとは思えないスピードで突っ込んでくる。


 ぐわっと広げた口は人1人楽に飲み込めるくらいに広がると、手近にいた冒険者へ踊りかかった。


「しゃッ」


 短い気合いとともに彼は消えた。

 バクンッと噛み合わせるあぎとの音は何もない空を噛み砕き、背中へ回り込んだ彼が細い剣を突き立てる。


「ぐぉぉぉ――っ」


 循環させた魔力を注ぎ込むと、バチバチと音を立てて抵抗していたサラマンダーの皮膚に、ついに穴が空いた。


「ヌァッ!」


 裂帛の気合いとともに押し込まれる細い剣が30センチほどのめり込んだ時、彼は飛び退いて姿を消した。

 その頃には魔道士たちの術式が完成したようで、あたりの気温がグッと下がり風が巻き起こる。


オーム彼の敵へフローズン凍える矢を――」


 口腔を反響させる独特の発声で一同の呪文が空気を震わせワンドが光を放つ。


「「・ハン放て」」」


 突き立てられた細い剣に魔法が顕現し、サラマンダーの体内に流入していく。


 パァァァン…………ッと酷く大きく、重いサラマンダーの体が砕け散った。

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