第174話 スタンピードの幕開け

 戒厳令が発布され、冒険者組合ギルドは神聖軍の配下に組み込まれる事となった。


 それから10日も過ぎた頃――――迷宮ダンジョンの入り口では、ここ数日、内側から叩くような物音が鳴り止まなくなっていた。


 領兵の派遣されている監視小屋では事案インシデントの発生以来、冒険者の迷宮ダンジョンへの立ち入りは禁止されたおかげで出入りする人間の管理は楽になったが、今度は中から溢れようとする魔物に怯えねばならなくなっていた。


「なぁ、ぼちぼちヤバいんじゃないか?」


 朝日を浴びて黒々と浮かび上がる迷宮ダンジョンの高さ3メートル、厚さ3センチはある鋼鉄製の扉を見上げる。

 

「なに、これほどの鋼鉄の扉だ。いかに魔物といえど簡単に突破される事はないさ」


「そう言ってもここのところあの音が大きくなっているだろう?」


 とゴンゴンと鳴る鋼鉄製の引き扉を気味悪そうに見つめる。


「……ああ、ここの所騒々しいな。何にしてもいつも通りのことしか出来んだろ」


 そう言いながら、扉のレールのボルトに緩みが出ていないか手にした小ぶりの金槌で叩いてまわり、結界の出力が弱まっていないか魔道具が示す数値をチェックしていく。


「異常なしだ」


 手にしたチェックリストにサインを書き込んだ時だ。

 ゴォンッと扉の内側から硬いものを叩きつける音がした。ミシリッと扉のレールがズレて固定してあるボルトが吹き飛ぶ。


「……前兆だ」


 動揺する同僚を馬小屋へ走らせ、監視小屋の隣りにある櫓へ駆け登ると力の限り半鐘を叩く。


迷宮暴走スタンピードだぁ!」


 警鐘を叩きながら迷宮ダンジョンの扉に目を向けると、扉が真っ赤になって火花を放っている。パリンっと結界が消し飛ぶと空気がたぎり、熱波が押し寄せて来た。

 

 魔物が扉を溶かそうとしている。そんなことが出来るのは『サラマンダー』しか思い当たらない。

 普通なら15層より下にいる魔物バケモノが入り口にまで来ている。


「逃げろぉ!」


 叫んだ声は扉が吹き飛んだ爆音でかき消された。


 ――――迷宮都市タレントゥムスでは。


 城壁の一角に設けられている監視塔の衛兵たちは、かき鳴らされる警鐘とそのあとに続いた扉の崩落音で、地獄の蓋が開いたことを知る。

 

 前回の迷宮暴走スタンピードから100年が経過し、対策はとっていたもののどこか『きっと大丈夫』と正常性バイアスが働いて、絵空事のように感じていた。

 だがその絵空事のような光景が津波のように押し寄せで来ている。


「来たぞぉっ」

 

 カンカンと打ち鳴らす警鐘が迷宮暴走スタンピードの幕開けを告げた。

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