第145話 下されたミッション

 迷宮ダンジョンの第4層に大きな油絵が浮かび上がり、その中の男が話しかけてきた。


『よく来たなレオナ』


 絵が動いた?! 絵が動いた?!

「ひぃぃぃぃぃ――っ」


 俺は脊髄反射せきずいはんしゃ渾身こんしんの右ストレートをぶっ放した。

 が、ブォンッと凄い風切り音がするだけで絵をすり抜けてしまう。


「なに?!」


「やめて! ショーカン」


 レオの声に我に帰り、発射されかかっていた左鍵突きフックをストップした。


「な、なんだぁテメェわぁっっ」

 上擦うわずった声で『油絵の男』を誰何すいかする。


守護者ガーディアンは意外と小心と見える』

 クククッと笑い優雅にローブのすそを払った。


『忘れたか? フィロソフォス知恵を愛する者・タレスじゃよ。あの時は木にふんしていたがの』


 思い出した――第8層で出たハイトレントのボケた爺さんだ。


依代よりしろがあれば我はどこにでも顕現できる――我は我を知るゆえな』


 出会い頭のパニックが収まると、この不思議な状況が徐々に頭に入って来る。

 第4層の安全なコースを選んだはずだった。そこは不死者アンデッドや亡霊が現れることもなく、ただ油絵の中に佇んでいたボケた爺さんが話しかけている。


「何の用だ?!」


『そう凄むな。ずいぶんと羽振りよく“残された刻限”を浪費しておるからの。尻を叩きに来たんじゃ』


「なんの話だ?」

 聞き返す俺を無視して爺さんはレオに目をやる。


『レオナ……“おのれを知れ”と申したはずじゃ。何を目をそらそうとしている? 刻限は迫ってきている。答えはおのれの中にあろうがよ――舞台は揃いつつあるぞ』


 しゃがれた声に敵意はない。

 だが“知っている”のに“教えない”言い回しだ。


「なんの話だと聞いている。勿体もったいぶらずに言いたいことがあればはっきり言えよ。“残された刻限”ってなんだ? レオの何を知っている? 何をそそのかそうとしているんだ?」


『未来を多く語ることは禁じられている。我に語れるのは概念だけ――大多数の欲望は目先にしかなく、少数の選民がそれを利用し遂には破滅に導く――その刻限が近づいている。

 それを止める手立ては七人の賢者が持っているが、それぞれの立場で行えずにいる。それらに会い知恵を学べ……』


 そこまで語ると生気を失い油絵も見る見る薄くなって消えた。


 おのれを知れ? 

 フィロソフォス知恵を愛する者・タレスは『我は我を知る』からどこにでも顕現けんげんできると言った。

 と言うことはレオは自覚していない隠された力があるんじゃないだろうか?


 恐る恐るレオを見ると迷子になったような不安な顔をしていた。

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