第127話 鼻つまみ者

 ビルを高圧洗浄水責めにしてやると、ビルがぐったりとなった。「次はないぞ」と釘を刺すと、それに返事はなく悲鳴を残してビルは逃げ去っていった。


 ――――ビル目線です。


 気がつくと街中まちなかにいた。

 さっきから茶色い汚水が顔に流れてくるから、鉢金はちがねを外し捨てた。どうせここまで汚れたなら洗った所で臭いは落ちないだろう。


 陽は天頂を指し町ゆく人々が顔をしかめているが、そんなのは関係ない。


 早く逃げなくてはあの化け物が追いかけてくる――そんな気がして領主館へ歩を早めた。

 あれは化け物だ。

 視界の効かない暗闇で、炸裂弾さくれつだんを軽々と叩き落とした上に水魔法で俺を吹き飛ばしたんだ。

 

 魔法を使える剣士――もう無敵じゃねぇか。

 ブルリッと身の毛がよだつ。


「殺しに来たんなら殺されても文句は言えねぇよな――」

 そう言って近づいて来たヤツの足音が聞こえる気がする。


「やめろ……やめろぉッ」


 喉を突いて出た悲鳴に街行く人々が振り返り、はたと我に帰るとゲホゲホと咳払いで誤魔化した。

 いまだによだれと鼻水が止まらない。

 忌々いまいましくて顔を手のひらで拭うとビシャリと街道に叩きつけた。

 

 

 冷え切った体をポカポカとした日差しが暖めて、革鎧からなんとも言えない臭いが立ち上り、あちこちで鼻を摘む者がいる。


 なんだよ、その汚物を見るような目は?


 文句があるか、と睨み返そうとするが自分の嗅覚が戻ってくると確かに臭い。


「チクショウ、チクショウ……」


 と口にはするが何をどうすると言う算段も思いつかず、重い足取りで領主館へ向かった。


 ――――領主館の門前で一騒ぎがあった後。

 

 やっと湯浴みを終えて小ざっぱりした俺を、親父アルツールが呼んでいると小間使いが呼びに来た。

 だいたい予想は付いている。


 謹慎を破ってあの化け物ショーカンを始末しに抜け出した事だ。

 三階建ての領主館の一番奥まったところに親父アルツールの執務室はある。階段を登る足取りも重く、やっとの思いで扉をノックをすると「入れ」と重々しい声がした。


「父上、この度は……」


「一体どれだけ私に恥をかかせるつもりだ?」


 冷え冷えとした視線が突き刺さる。

 禿げ上がって見事にスキンヘッドになった頭には青筋が浮かび、細く整えられた眉毛の下に冷酷な目がこちらを見据えている。

 

 何も答えられずにいると、鷲鼻をフンと鳴らした。薄い唇から深々とため息を吐き出すと、太い顎を分厚い手のひらでさすりながら、最後に頬に手を当て再び見据える。


「ビル……お前を追放する」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る