第118話 ビルの狂気

 ビルへの処遇しょぐうを示して、これで許せとマーベルがレオを見やった時。


「きゃー」

 と階下から悲鳴が巻き起こった。


 ――――第三者目線です。

 

 時間は少しさかのぼり冒険者組合ギルドでミランダとショーカンが面談する前の日。

 夜のとばりが下り領主館にあてがわれた一室で、ビル・スメルゲイドは床に座り込み装備を磨いていた。

 

 予定通りなら迷宮ダンジョンに潜り獲物を換金して、仲間たちと連日祝杯をあげている頃だ。


『ビルのやつ第十層まで踏破したらしいぜ』

『やっぱアイツか……同期の中でも頭ひとつ出てたもんな』

『いよいよCランク確定かよ、羨ましいぜ』


 そんな羨望と嫉妬の入り混じった視線を酒のさかなに、仲間たちとえつに浸るはずだった。


「クソッ」


 装備の傷に付着した汚れは、想像を絶する魔物たちに追われ逃げ回った証だ。

 おまけにちょっとした悪戯で見習いからも訴えられ、無視してやったら勧告まで送られてきた。

 その時点で、親父アルツール男爵からも謹慎を申しつけられている。


「クソッ」

 腹立ち紛れに手にした布を床に叩きつけたとき。

 

「……(暗殺者)ギルドからだ」 

 と、影のように降り立った男が紙管を差し出してきた。


「?!……脅かすなよ」


 息を飲んで強張った体を、さもなんでもないといった風体で誤魔化すとニヤリと笑った。

 

 生意気にも貴族の血族を訴えた小娘の哀れな末路だ。ザマァみろ――ふふんっと鼻を鳴らす。

 上機嫌で鼻歌を歌いながらふたを外すと、その文字を追ううちに目が見開かれて、


「は?」


 信じられない文面に再び目を落とし、何度も文字を追った挙句使者に顔を向けた。


「なんでアンタらがしくじるんだよ、そんな……聞い事ねぇぞ」


 評判を聞いて親父アルツール男爵の伝手を頼って依頼をかけた。

 

 報酬は一人金貨30枚。それが3人一組だ。

 たかが15の小娘にそこまで、とも思ったが、これも保身のためだと貯蓄を突き崩したのに?


「なんでだ……?」


 込み上がる怒りを必死で抑え込みながら使者を睨みつけた。


「書いてある通りだ。あんな護衛が付いているなぞ聞いていないぞ」


「あんな護衛ってなんだよ?」


「それも書いてある。こちらも3人やられた。冒険者組合ギルドからも抗議が入っている。これ以上は受け付けないし返金もしない」


「そんなの詐欺じゃ……!?」


 いつのまにか喉元にナイフが突きつけられていた。


「聞こえなかったか? 受け付けない、と言った」

 それだけ告げると影のように消える。


「ふざけんなっ!」


 ビルの目に狂気が宿った。

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