第107話 夜戦

 さいを使うなら俺も経験があるから相手の戦法がある程度は読める。


「来なさい」


 手のひらを上にしてチョイチョイと挑発して見せた。

 ギリシャ文字のψプサイに似た、鍵の部分に人差し指を引っ掛け、クルクルと回して右に左にと腕を動かしている。

 あれは手遊びじゃない。

 ああやって骨を整えてるんだ。空手の師匠がやって見せてくれた型にある。


 骨を整えると多少の力押しにも負けない。

 体勢が崩れにくくなるから技を繰り出すスピードと精度が格段に上がる。


 なんでそんな技を知ってるんだよ。

 異世界だからってなんでもありかよ。


 と脳内ツッコミをしている間に、黒ずくめは右手のさいを突き出して来た。

 予備動作がないので反応が遅れる。


「ちいっ」


 左手の手甲ガントレットで叩いて、右手の小太刀ファルシオンを叩きつける。

 キンッと音はするが、いつの間にか引き戻された片方のさいを、もう片方のさいとクロスして柔らかく受け止められている。


「ぬっ!?」


 そのまま小太刀ファルシオンを絡め取られて、引き倒されそうになるから、前に転がり難を逃れた。

 小太刀ファルシオンを左手に持ち替えて、左半身に構え直す。

 

 このままじゃやられる――自然とこの構えになっていた。

 それは師匠と手合わせの時、唯一届いた刃の形。通常と逆の構えに黒ずくめ野郎は軽く首を傾げて、右構えにスイッチした。


 無闇に突っ込んでいくと再びスイッチして距離を取られ、空いた隙間にさいをねじ込まれてお陀仏ジ・エンドだ。

 昔、師匠から散々喰らった技だからまざまざとヤツの手筋が見えた気がした。


 実はその隙間が欲しかった。

 俺が師匠に届いた刃の形には、ほんの少しの躊躇ちゅうちょと少しばかりの隙間が必要だからだ。


「ふんっ!」


 全力で突進する。

 案の定、右左をスイッチして後退する黒ずくめ。すでにさいを喉元と胸元に定めて刺殺する構えだ。

 そこで急制動し一瞬の間を作り出す。


 黒ずくめは繰り出そうとしていたさいをピタリと止めて、わずかに躊躇ちゅうちょした。

 その隙間に左手の小太刀ファルシオンを腰ダメに構えると、胸から倒れ込むように体ごと体当たりする。

 

 黒ずくめがもう一度スイッチしてさいをねじ込んでくるが、喉元と胸への刺突しとつがズレて肩と胸元のアーマーに当たり弾かれる。


 キンッと乾いた音がした時には俺の小太刀ファルシオンが黒ずくめの胸に突き刺さっていた。

 一瞬の躊躇ちゅうちょの間とスイッチしてできた隙間に俺が飛び込み、さいを突き出す位置がずれた――それで俺の小太刀ファルシオンが先に届いたわけだ。

 

「ぐっ」


 と漏れる小さな悲鳴。

 そのまま突き飛ばし鉄履スチールサバトンで蹴り飛ばした。

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