第94話 迷宮都市タレントゥムス

 迷宮暴走スタンピードの予兆を知らせる緊急措置で早馬が準備され、俺たちには馬車を出してもらえるようになった。


 馬車に乗り込むと

迷宮暴走スタンピードの恐れがある時は、領軍の出動を要請するんだけど――ねぇ」

 とミランダが物憂げに小さくこぼした。


 跳ね上げる尻の痛みに閉口しながら

迷宮暴走スタンピードって何?」と聞いてみる。


「階層に関係なく強い魔物モンスター跋扈ばっこし始めると、その階層の強者が弱者になる。弱者はより弱い者を求めて迷宮ダンジョンの外へ溢れ出す。より弱い者が集中してるのは?」


「街……ってやばいじゃねぇかよ」

「そう、だから兆候が現れた時には迷宮ダンジョンを封鎖して軍が防衛線を構築するの。

 でも軍を動かせばそれだけ出費もかさむから、事前に冒険者組合が調査して見極めるんだけどね」


 レオが鼻に皺を寄せてちょいちょいと手招きすると、耳元に口を寄せ

「領主のアルツール・スメルゲイド男爵は領民より金が大事なのよ。あのビルの父親だからきっと何もしない」

 と、小声で教えてくれる。

 

「ってことは冒険者組合だけでことに当たらないと行けなくなるってことかい?」

 こちらも小声になってミランダに振ると

 

「その恐れがあるってことよ」

「例えばどんな風に?」


「冒険者組合に対処を丸投げする、とかね」


「そうなると冒険者組合はどうする?」

 

「組合員だけで迎え討たなきゃならないわ。でも地元出身でもない限り冒険者は基本逃げる。

 最低限、領主には領民の避難を要請しとかなきゃいけないから、領主にも早馬を出してもらったけれど――――」


 ふぅとため息をつく。その前に煩わしいことがまだあるのだろう。


「――大丈夫なのか?」


「その恐れがあるってだけよ。実際に迷宮暴走スタンピードが起こったのは100年も前の話だもの」


 自らを奮い立たせるように両頬をパチンと叩いた。

「まずは冒険者組合に行って、もなんとかしなきゃね」


 俺たちのことと言えば、レオを置き去りにしたビル・スメルゲイドのことだ。

 領主の三男だかなんだか知らないが、落とし前をつけねば――。ん? それがミランダのその前の煩わしい事でもあるのか?

 領軍の出動を要請するなら男爵との関係を拗れさせてはいけない。たが、レオのことをこのままにしてもいけない。

 上手い落とし所を俺も考えておく必要があるだろう。


 そんなことを考えている間に俺たちの馬車は、遠目からもわかる巨大な城壁に囲まれた都市に近づいていた。

 

「あれが迷宮都市タレントゥムスよ」

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