第93話 よりにもよって領主が敵かもしれない予感

「お疲れ様。ここが迷宮ダンジョンの出口よ」


 重厚な鉄の扉が左右に広がっていくとまばゆいばかりの光が溢れ出して来た。

 時刻は昼過ぎなんだろう。

 迷宮ダンジョンの薄暗さに慣れた目に陽の光が沁みて思わず目を細める。

 まだ冒険者たちが出てくる時刻ではないらしく、チラホラと人影はあるものの閑散かんさんとしていた。

 

 神社の境内みたいだな。

 そう思わせるような広場とそれを囲む巨木が鬱蒼うっそうと繁り、そこに露店を開いている商人が暇そうにあくびをしていたが、俺たちを見かけるなり


「買い取りするよぉ、組合まで持っていくのは辛かろう。ここで重いものは売って行け」


「重い物は買い取ってやるよぉ」

「肉なら組合より高く買うぞ」


 と口々に声をかけてくる。


「なんだコイツら?」

 レオに目を向けると

「買取屋だよ。闇取引きってやつ。儲けは良いけど、税金と互助会費は別に申告しとかないと罰則ペナルティを取られる」

 と教えてくれる。

 

 それを聞き咎めたのか一人の露天商が

「お嬢ちゃん、これが申告書だよ。言い値で申告書の写しを出してやるから心配いらねぇ。馬鹿正直に組合を通してちゃ干上がるぞ、肉は持ってないか?」

 と聞いてくる。


「後で自己責任って言われるけどね。多少のお目溢しはあるから取引きする人もいる」

 と小声で教えてくれた。

 ミランダはその一人に衛兵はいる? と聞いている。


事案インシデントが発生した」


事案インシデントだと? そりゃいけねぇ」

 と泡を食ったように詰所へ走って行く。


 やがて薄茶色の上下に白い脚半を巻いた軍服の、少しくたびれた男を連れてくる。鉄製の鉢金を被っているのは迷宮ダンジョンに詰める軍人ならではなのだろうか。


事案インシデントだそうだな?」


 と、そいつはくたびれた印象とは裏腹に鋭い目線で問いただして来た。


「ええ、冒険者組合と領主にも早馬を出して欲しい」

「ご領主様にもか? それは迷宮暴走スタンピードもあり得ると?」

「階層異常の魔物モンスターが出現しているわ。迷宮暴走スタンピードの予兆とも取れなくはない」


 そこまで聞くとソイツは詰所まで来い、とだけ告げてきびすを返した。


 ――――やがて手続きが終わると早馬が準備され、俺たちには馬車を出してもらえるようになった。迷宮暴走スタンピードの予兆を知らせる緊急措置だそうだ。


 馬車に乗り込むと

迷宮暴走スタンピードになるようなら冒険者組合が判断して、領主に領軍の出動を要請するんだけど――怪しいものね」


 ミランダが物憂げに小声で教えてくれる。


「だってここの領主はあのビルの父親アルツール・スメルゲイド男爵だもの」

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