第87話 鎮魂歌

「コイツらが何をしたんだってんだっ!? クソ野郎ッ」


 一瞬で距離を0にした俺の貫手がジル伯爵の胸板を貫いた。


「ボゲェェェ――ッ!」


 ジル伯爵の悲鳴が洞窟に反響する。


 ぷはぁ――っと首を激しく振るって血の塊を吐き出した。あたりに満ちた女子供の亡霊どもがすがるような目で俺を見てやがる。


「ひぃぃぃぃぃ――っ」と普段なら錯乱しそうな絵面だ。

 だが不思議とそうならなかった。

 亡霊とは? 悪魔とも妖怪とも違う。


 無念の塊だ。

 怖がられうとまれ、無念を晴らして欲しくとも晴らせずにいる無念の塊だ。

 憤りと恨みの塊になってさえ、心の痛みを晴らせず無念を引きずって、現世うつしみ彷徨さまよう救われぬ哀れな存在。


 その無念が俺に乗り移った。


「コイツらが平民だから罪か? コイツらが弱者だったから罪なのか? 崇高すうこうな目的なら何をしても良いと言うか貴様っ」


 弾劾する俺にジル伯爵は貫かれた胸を庇いながら絶叫する。


「私を裁こうとするかっ、何様だ貴様は? 人類の夢は無病息災、永遠の命だろうが?! 王侯貴族がそれを願って何が悪い? それに庇護ひごされている者が身をささげる崇高すうこうな行為をないがしろにしおって、この半端魔物がっ!」


 ゲフッゲフッ、と咳き込みながらジル伯爵は後退りする。


穀潰ごくつぶしのガキを殺して何が悪い? 神の教えに背く売女ばいたを殺して何が悪い? 罪深い下賤げせんのものどもが次の世を支える貴族のにえになるのだっ。これは報いであり当然のつぐないだ!」


 それではっきりとした。

 コイツは我が身の永遠の栄達しか願っていない。神を語り王侯貴族と範囲を広げた時点で、自らの罪を他に広げて薄めようとしているだけだ。


「クソ野郎が神を語るな――神に罪を擦りつけるな。貴様に許されるのは贖罪しょくざいと……」


 拳に縋り付く亡霊どもの無念を籠める。


「地獄で上げるテメェの悲鳴だけだっ」


 バチバチといかずちを放つ拳を振り上げた。


「やめろっ、やめろぉぉ――っ」


 泣くような悲鳴を上げる化け物に鉄槌てっついを振り抜いた。


「ぼげぇっ」


 地面に叩きつけられたジル伯爵は、二、三度バウンドしながらまるで十字架のように岩肌に張り付いた。

 ゴボゴボと音を立てながら壁に吸い込まれていき、首を残して消えていくジル伯爵が目を見開いている。


「我は完全なる生命体――現人神あらひとがみにて滅ぶことはない。互いの正義を賭けてまた会おうではないか荒人あらびとよ」


 ハハッと乾いた声を上げてジル伯爵悪魔は消えた。チャリン、と一枚のコインを残して。

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