第86話 クソ野郎なんだが結構強かった

「黙れクソ野郎っ! テメェがやったことは弱者の虐殺だっ。反吐へどが出らぁ」


 一足飛びに飛び込んでニヤケ面に拳をぶち込んだ。


「へぶらっ!」


 ジル伯爵は縦回転で吹き飛びながら地面に叩きつけられると、4回ほどバウンドして岩肌の壁に衝突してやっと止まった。


「なんたる……なんたる野蛮な半端魔物だ。私でなければ死んでいたぞ」


 変な方向へ曲がった首を両手で治しながら、何事もなかったように立ち上がるジル伯爵。


「無礼者めがっ」


 突き出したてのひらが槍のように尖り、目にも止まらぬスピードで繰り出してくる。

 まっすぐな突きならさばける、と右足を下げながら半身になり直撃をかわわす――かわわしたつもりだった。


 ところがその手が伸び切ったかと思うと、横から襲ってきやがった。

 バチ――ンッと横っ面を弾かれて顎が跳ね上がる。


「ぬおッ」


 右手でガードしていたがガードの上からでも、上体がのけ反る威力だ。


「下賤のものが貴族にかなうとでも思うたか? 下賤のものがっ、このウジ虫めが! 平伏しておれば良いものを、なぶり殺してくれるっ」


 突き出す左右の腕が鞭のように伸びて来て、体ごと持っていかれる打撃を繰り出して来た。

 ガシャーン、ガシャーンっと派手な音が洞窟に響いてサンドバッグのように右に左に吹き飛ばされる。


「ハハッ、泣き叫べっ! 許してくれと泣き叫べっ。所詮は下級の魔物ごときが貴族の私に泥をつけよってぇぇっ」


 振るう拳の一つ一つがまるで石のように硬い。

 ほぼ人間になった俺は痛みまで復活して、全身が痺れるような痛みに意識が途切れそうになる。


 痛い、痛い、痛い――途切れそうになる意識の中で別の声が、俺の意識を手放すのを許さなかった。

 痛かったろう、痛かったであろう――俺の上げる悲鳴はいつしか泣き叫んでも死ぬまで許されなかった、子供たちの声に変換されて俺の耳に反響した。


『ママ――ッ、ママ――ッ、パパァァ――』って叫ぶ声が聞こえるんだ。


 ふざけんな……ふざけんなっ。


 その子たちが何をした?!


『この子だけはっ、この子だけは――っ』


 と哀願する女の亡霊が手を合わせて拝んでる。

 

「コ……ッ」

 喉の奥から血の塊が吹き出した。


「「ショーカンッ」さんっ!」


 ミランダとレオの悲鳴が聞こえた気がする。


「コイ……」


 右腕に巻き付いた魔法絆バイパスが鋭い光を放った。


「コイツらが何をしたんだってんだっ!? クソ野郎ォッ」


 一瞬で距離を0にした俺の貫手がジル伯爵の胸板を貫いた。

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