第72話 依頼

 亡霊らしき灰色の霞はミランダの放った『浄化魔法』ともつれ合い、渦となって弾けて消えた。


「なぁ……その魔法――教えてくれぃ」

 俺は迷うことなくその場に土下座した。


「え?」

「え? じゃなくてその『浄化魔法』だ」


 しばらくポカンとしていたミランダは、眉間に皺を寄せてこめかみを揉みしだく。


「あのね。ど素人だから知らなくても仕方ないけど、魔法の基礎を教わるだけでも大金を積まなきゃならないのよ? しかも貴方、魔臓器まぞうきも出来てないじゃない――無理よ」


 ふぅ、と呆れたように肩をすくめると

「それになんで貴方に魔法を教えなきゃならないわけ? コカトリスから救ってやった、とでも言いたいわけ?」

 とヒラヒラと手を振った。


 その通りですがなにか? と反り返っていると、顔をゲンナリとさせて続ける。


「あのね――共助は冒険者の基本なの。危機に陥った冒険者がいたら、高ランクの冒険者は救済の義務があるわけ。だからお互い言いっこなしって言うのが、この世界のルールなの。わかった?」


 はい、この話はこれでおしまい、と振り払うように手を一振りするとスタスタ歩き始めた。

 ここで諦めたら俺には明日はない。


「俺にじゃねぇよ。このレオに教えてくれって言うんだ」

 とレオの背に手を回し押しだす。


「ちょっと、ショーカンッ。ミランダさんの言う通りだよ。やめてってば」

 とレオも抵抗するが、ここで俺の十六年に及ぶ営業生活の癖が出た。


『何事も諦めたら終わり。糸口だけでも持って帰れ』

 先輩たちから耳をタコにするくらい言われ続け、俺も後輩に言っていた言葉だ。

 しつこくしても悪印象ダメだし、手ぶらで帰っても1日が無駄に終わる。ならば次への糸口だけでも持ち帰るのが営業マンの鉄則だ。


「俺は馬鹿だから腹が立ったのなら謝る。だが、このレオは高ランク冒険者どころか見習いだし、俺は冒険者ですらない。なら、共助どころか助けた“借り”ってのはあるんじゃないのかい?」


 その言葉にムッとしたのか、やや吊り目がちになったミランダの目線が突き刺さる。


「貴方、分をわきまえなさいよ。魔道士にとって魔法は財産なの。それをタダで寄越せって言うのは強盗と同じよ? 気に入らないなら相手になるけど?」


 と腰に手を当て至極ご立腹だ。


「何もタダとは言わねぇ。オーク素材2体でどうだ?」


 少しだけテストクロージングをかけてみる。


「……とりあえず安全地帯セーフティーゾーンで話だけ聞くわ」


 ――ちやがった。

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