4.声優科のオーディション
高校の卒業間近、私はまだまだ芝居をやりたいと思っていた。だが親は公務員で、私にも進学して公務員か理学療法士になれという。
そこで、説得材料が必要だった。そんなときに見付けたのが、声優科のオーディション。どちらかと言えば舞台が好きで声優という職業になりたい訳ではなかったが、興味はあった。
アニメーションは中学と同時に卒業していたが、洋画の吹き替えというものに憧れていた。
『好きこそものの上手なれ』
その言葉通り、私は当時ファンだったジャッキー・チェン氏のカンフー映画を録画しては、吹き替えされている戦闘シーンの「フッ!」「ハッ!」というかけ声を真似て練習していた。
お陰で、のちに殺陣のワークショップなどに参加したとき、躊躇なく気合いの発声が出来て実に楽しかった。
なにが活きるか分からないものである。
さて、声優科のオーディションであるが、並べば飛び入り参加OKという方式も相まって、何百人か集まっていたようだ。私もその内のひとり。
短い台詞を読んで、どんどん振るいにかけられていく。
先に『子どものオーディションは明るくハキハキが勝負』と書いたが、このとき私は全く別の戦法をとった。『秘技・目ぢから』である。
何百人ものの中から、印象に残らなくてはならない。私は半ば睨み付けるように、審査員の声優さんの目をしっかりと見て台詞を言った。
それと、これは審査に関係したかどうか分からないが、会場を行き交ういわゆる『えらいひと』を目で追って、目が合うとにこっと笑顔で労を労った。
今思えばあざとい警察に逮捕されて実刑が確定しそうだが、当時は無意識に取った行動だった。
一次審査、通過。二十人ほどの狭き門である。そのあとは、四~五百人が見守るステージ上に立って、審査が続く。
二次、三次と振るいにかけられるが、原稿の下読みは三分ほどで、全部読み終わらない内に呼び込まれ、ほぼ初見状態で読むこともあった。
当然経験の少ない私がそれで上手く感情を込められるはずもなく、シェークスピアのかけ合いなどは今でも棒読みだったなーと恥じ入るほどである。
だが。だがである。
間違いなく『気合い』というものは審査員に伝わるものだと信じている。私は気合いだけで、最終選考まで残った。
そして、質疑応答タイムの始まりである。なにを訊かれたかはあまり覚えていないが、「今、なにをやっているか(働いているのか、学生なのか)」は訊かれた。
そして今でも思い出すとふふっと自画自賛してしまう質問が、「今の心境をひと言で」である。
皆さん、将来の希望や、頑張りますなど真面目に答えていた。いや、真面目なのはいいことなのだが。
私は「ひと言で」という部分に着目し、粛々とマイク前に出ると、ポーズ付きで力強く叫んだ。
「うぅうっしゃあぁああ!!」
会場が大爆笑に包まれた。芸人体質なので、ウケて非常に気分が良かった(笑)
結果。準優勝。何百人かの内の、二位である。
授業料の大半が免除になり、これで説得材料が手に入った私は、上京して東京の声優科に通うことになる。
未熟だった私が準優勝を獲れたのは、今でもあの雄叫びのお陰だと思っている。
『オーディションではひと笑いあるといい』
この経験から、私はこの説を劇的に推している。
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