第3話 あなたの心が欲しいです

「……お姉ちゃん、やっぱりんだね?」


 千早さんを見送った後、私はお姉ちゃんにそう尋ねていた。


 ーーアイツ、ナンデシナナイ?オカシイオカシイオカシイオカシイ……!


 疑惑が確信に変わる。



 ーー……千早ちゃんと仲良くしてあげてね、風音ちゃん。なの。

 ーー千早さんがひとりぼっちってどういうことですか?

 ーー……千早ちゃんはね、殺人事件の生き残りなの。あの子自身も刺されてね、生死の境を彷徨さまよったのよ。



 彼女を視る。彼女に憑いていない。

 憑いているのはだ。


「……千早さんの家族が殺されたのはきっと疫病神のせいだね。でも、疫病神は千早さんを気に入っているから殺しはしない。さすがのお姉ちゃんでもには敵わないよ」


 となると、私は疫病神からしたら邪魔者かもしれないと思う。ひょっとしたら命を狙われるかもしれない。


 どっちが殺されるのが先か。

 私たちはきっとそんな関係性。

 危うい綱渡りだけれども、確かに繋がってはいる。

 今までの誰よりも近い距離で。

 求めてもいいのだろうか。

 人の温もりを。

 人の愛情を。


「……洗濯、しなきゃ」


 今日の晩ごはんは何にしよう。

 千早さんは何が好きだろうか。

 朝ご飯は喜んでくれていた。和食はどうやら好きみたいだ。じゃあ、晩ごはんは洋食にチャレンジしてみようか。


 ーーキニクワナイキニクワナイ!カザネガワタシイガイノコトヲカンガエルナンテフユカイダ!


 浮いた包丁が私の頬をかすめる。


「ーーオン・アビラウンケンソワカ」


 私の攻撃がお姉ちゃんに命中し、一瞬その姿が揺らぐ。


 ーーヤメテ、ガザネ!ケサナイデ!イッショニイサセテ!

「なら、悪さはしないこと。わかった?」

 ーーワカッタ!


 そう。祓おうと思えば私はいつでもお姉ちゃんを祓えるのだ。でも、私はそうするつもりはない。

 大人しくなったお姉ちゃんの頭を私は撫でる。

 お姉ちゃんが成仏しようとするまで、私は共に生きていくつもりだ。

 だって、お姉ちゃんは

 だから、私にはお姉ちゃんは祓えない。

 そんなことは出来ない。

 私は私でお姉ちゃんのことが好きだから。


「お姉ちゃん、晩ごはんオムライスにしよっか。トロトロの卵じゃなく、昔ながらの卵のオムライス。よくお母さんにせがんで作ってもらったよね」


 そう決めたら冷蔵庫から食材を取り出す。玉ねぎにミックスベジタブル、鶏肉と具材はシンプルだ。


「……っと、早い早い。まだお昼だよ」


 楽しみすぎてはやる気持ちに思わず笑ってしまう。


「……コーヒーでも入れて課題やろうかな。勉強が役に立つなんて思えはしないけど」


 教師の、同級生の、私を見る目を思い出すと笑えてくる。


「……まるで私が幽霊みたいだよね。ちゃんと生きてるのにさ」


 それを考えると千早さんはまだ私を見ていてくれた気がする。


「……千早さんと、仲良くなりたいな」


 誰かの心が欲しいと思ったのはこれが生まれて初めてだった。

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