第2話 朝ご飯が美味しすぎます
「……このお味噌汁、めちゃくちゃ美味しい」
「お口にあったのなら幸いです」
「……お米もツヤツヤで粒が立ってるし、焼き鮭もいい
「ご飯のおかわりありますよ?」
「……いただこう」
あたしと風音の結婚生活は抵抗も虚しく始まってしまっていた。
不味い朝食が出て来たものならイチャモンのひとつやふたつをつけて離婚を切り出してやるのに、何ということだ。出て来た朝食はすこぶる美味いと来たもんだ。文句のひとつも言えやしない。危うく、こんな朝食が毎日出て来るなら結婚も悪くないかもしれないと思いかけてしまった。
「お弁当も出来ていますよ。お仕事頑張ってくださいね」
なんだと?お弁当もあると言うのか?
至れり尽くせりか?
普段は値引きのパンをもそもそと食べているあたしにはあまりにも豪華すぎる話だ。
「……ん?いつの間に買い物に行ったんだ?自慢じゃないが、あたしは家事が出来ないから冷蔵庫に食材なんかないはずなんだけど」
「ジュンさんにお願いしていろいろと買ってきてもらったんです。来栖さんに手料理を食べて貰いたくて」
健気な風音の言葉に不覚にも少しキュンとする。
いやいやいや。流されるな。
「いつ最期の食事になるかわかりませんから」
おい。あたしのトキメキを返せ。
一瞬で鳥肌が立つ。
そうだ。忘れるな。こいつは。
“死神”なんだ。
「……ごちそうさま」
「お粗末さまです。帰りは何時くらいになりますか?」
「……18時には帰るよ」
「じゃあ、お風呂沸かして、晩ごはん作って待ってますね」
かすかに風音は笑っている。
「……なんで笑ってるんだ?」
「……誰かと過ごすのは久しぶりだな、と思いまして。来栖さんは不服でしょうが、私は結婚生活、結構楽しいです」
「……あたしのことは千早と呼べ。もう風音も“来栖”なんだからな。……仕事、行ってくる」
「千早さん、いってらっしゃい、です」
チクンと胸が痛む。
1度も彼女の気持ちを考えたことがなかった。
平気そうにしているから気づかなかったけれど、平気なはずはない。
自分のせいで人が死んでいることを彼女は理解している。
それが辛くないはずがない。
「……もう少しだけ付き合ってやるか、結婚生活」
とりあえず一晩一緒にいたけど死ななかったわけだし。
孤独をあたしも知っているから。
風音もあたしが“お姉ちゃん”に襲われて死ななかったことに驚いていたし、ひょっとしたらあたしは案外大丈夫なのかもしれない。
「いや、待て。よく考えろ。“結婚”する必要はどこにもないだろうよ!?別に恋人とかじゃねーんだし」
そうあたしはひとりで吠えていた。
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