第1話 私たち結婚します

「おかえり、千早ちはやちゃん♡あ・の・ね、この書類にサラサラ〜ってサインをしてもらえるかしら?そこのかわいいお・嬢・さ・ん・も♡」


 やたら色気たっぷりのモデル級美人のお姉さんが私たちにそう話しかけてきた。

 私は彼女ーー来栖くるす千早さんに連れられるままここ(たぶん警察の社宅か何か)に来ていた。私にも住む家があるけれどそこにあまり執着はない。どうせ家族もいない。おじいちゃんもおばあちゃんもお父さんもお母さんもお姉ちゃんがしまっている。


「相変わらずの色気ですね、じゅんさん。ここでいいですか?」

「あ、私も書きます!」


 私たちは言われるがままに書類にサインをする。


「ふたりともあ・り・が・と・う♡後はこちらでハンコを押して提出おくわね〜」

「淳さん、この書類は?」

「えーとね〜、ふたりの婚・姻・届♡」

「婚姻届ぇ!?誰と誰の!?」

「千早ちゃんとか・わ・い・こ・ち・ゃ・ん♡」

「ちょっと待てぇーーっ!?書類をこっちに渡せーーっ!!」

「い・や・ん♡ジュン、逃げちゃう♡」

「いやんじゃねー!逃げんじゃねー!おいコラ、待て、あつしぃ!」

「淳じゃなくてジュンだって言ってんだろゴラァーー!!……あらヤダ♡いけないいけない〜もう、千早ちゃんってばイ・ジ・ワ・ル・な・ん・だ・か・ら♡」

「いやいや、意地悪なのはどっちだよ!?そっちだろ!?」


 千早さんがジュンさんを追いかけるが、ジュンさんの逃げ足は速く捕まらない。高いヒールを履いてるのにすごいなーと感心してしまう。私ならたぶん3回くらい転んでるな、うん。


「ちょっと、あんたも追いかけなさいよ!?他人事ひとごとみたいな顔しちゃって、自分事でしょうが!?」

「んー、別にいいかなと思いまして。結婚くらい」

「結婚くらいって、結婚よ!?愛し合ったふたりが永遠を誓うのよ!?病めるときも健やかなるときも共にいるのよ!?あんた、あたしが相手でいいの!?」

「えぇ、まぁ、

「殺すって誰を!?」

「もちろん来栖さんを、です。……というか、結構来栖さんって結婚に夢を見てるんですね。意外です」

「意外で悪かったな!綺麗な夜景の見えるレストランで、ひざまずかれて、真っ赤なバラの花束なんかも用意されちゃって、“僕と結婚してください”ってプロポーズされるのがあたしの夢なんだよぉぉ!」

「わかるわっ!わかるわよ、千早ちゃんっ!それは乙女の永遠の夢だわっ!憧れだわっ!」

「なーらー、婚姻届をかーえーせー!」

「ダーメ♡それはそ・れ♡これはこ・れ♡」


 ふたりの追いかけっこは続いている。


 あ、とお姉ちゃんに目を向ける。お姉ちゃんの身体はガダガダ震え、今にも襲いかかりそうである。


 おや、直接攻撃とは珍しい。

 いつもは間接攻撃なのに。

 うーむ。それほどまでに結婚は嫌なのか。


「来栖さーん、お姉ちゃんが行きますよー。今の間に人生を振り返っててくださーい」

「だーかーらー、あたしは幽霊なんて信じてないってば!」

「あ、行っちゃった」


 お姉ちゃんが来栖さんに襲いかかる。

 直接攻撃はさすがに罪悪感がわかなくもない。

 まだ若いのにごめんなさい、来栖さん。

 来世では素敵な相手を見つけてどうか幸せになってください。と私は祈るのだが。


「ーー何もないじゃない!やっぱり幽霊なんていないわ!」


 あー、なるほど。そっちの方が強いのか。

 私はひとり納得する。

 来栖さんには私よりやばいものが憑いている。

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