第2話 シナプス

「おおい! いたぞ。あそこだ!」


獰猛に響く追っ手の声に、俺は反射的に再び走り出す。どうする、このまま捕まったらタダでは済むまい。最悪の成り行きが脳裏をよぎった時、俺は突然誰かに腕を掴まれ路地に引き込まれた。


最初は回り込んだ追っ手に捕まったのかと覚悟をしたが、そうではなかった。俺と大して年恰好の変わらない男は、傍においてある軽ワゴン車に俺を放り込みエンジンをかける。電気自動車なのか、それは非常に静かに走り出した。これなら追って来た連中にも気づかれまい。


しかしこの男は誰なんだ。そして何故俺を助けるんだ。情報がなくては自慢のシナプスも繋がらないが、ここでも繋がるような繋がらないような微妙な感覚を俺は覚えていた。


暫くすると男に勧められたコーヒー缶のせいもあり、俺はだいぶ落ち着いてきた。三十分程度走った後、車は人気のない郊外の空き地で止まった。男は俺に車を降りるように促し、自らも続いて降車する。


「やぁ、有難う。本当に助かったよ」


差しさわりのない言葉を発しながら、俺は状況を探って行く。


「また、会えたね」


男が突然、そう言い放った。


俺は戸惑った。誰だ、俺の知り合いか? いつ会った、何処で会った? いや、仮に会っていたとしても、俺が本名を名乗る事はないし、こいつが俺が騙した奴、もしくはその知り合いだという事はあり得ない。


「ボクの事、忘れちゃったの? ダテッチ」


……ダテッチ、そりゃ”伊達”という俺の本名をもじったあだ名じゃないか……。その時、俺の頭の中でシナプスが次々と繋がり始める。


俺が”また会えたね”殺人事件に覚えていた違和感。それは被害者の名前だという事が今ハッキリとわかった。被害者達の名前は、俺の中学時代の悪仲間と担任教師のものだったのだ。もうふた昔も前の事だったので、すっかり彼らの名前は忘却の彼方へと押しやられており思い出せなかったのだ。


そして目の前の男。そうだ思い出した。コイツは、俺の記念すべき初仕事の”カモ”であり同級生だった奴だ。


俺は悪仲間と共に小金持ちの家に生まれていたコイツから、決して強引ではなく、しかし絶妙な方法で金を搾り取った。奴の家は破産同然となり、コイツとその家族は俺たちを訴えようとしたが、俺の口の巧さと完璧な計画性で警察もまるで動かず、かえってコイツらの方が悪者の様に扱われた。担任教師が保身の為に、ウソの証言をした事も大きかった。


ほどなくコイツらの家は売りに出され、両親は一家心中をはかりコイツだけが生き残ったものの、重傷を負って何処かの施設に引き取られた事を思い出した。


「傷が治ってリハビリするのに凄く時間が掛かってさ。それにダテッチってば名前をドンドン変えてるんだもん、探すのに手間取っちゃったよ。本当は一番に会いたかったんだけど、結局は最後になっちゃった」


街灯の逆光になり奴の顔は見えないが、激しく、それでいて氷の様な炎が燃え上がっているのが手に取るようにわかる。


俺は反射的に逃げようとするが、足がもつれてその場に倒れ込んだ。


”あのコーヒー、あれに何か薬が……”


迂闊と言えば迂闊だったが、捕まったら最後という状況で、冷静さを失っていたという事なのか……。いや、それもこれもコイツの計算通りだったのかも知れない。


「じゃぁ、会えたばっかりだけど、そろそろお別れだね」


最初の成功が、最後の失敗の”フリ”だったなんて……。さすがの俺のシナプスも、予測は不可能だったってわけだ。


奴の右手にはいつの間にか棍棒のようなものが握られており、それはひときわ高く掲げられた。


ブンッ!!


復讐者が振り降ろす冷たい凶器が、まるでスローモーションのように俺へと迫って来る。俺の頭の中ではシナプスが急激につながり始め、変えようのない顛末を予測する。


”もうこれで、この先、誰にも会う事は出来ないんだな……”


俺は混濁する意識の中で、静かにそう悟った。


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シナプス(短編) 藻ノかたり @monokatari

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