シナプス(短編)

藻ノかたり

第1話 天才詐欺師

「また、会えたね」


潜り込んだパーティーで、俺はいつもの如くカモになりそうな奴に声をかける。もちろん会った事なんて一度もない。だが、こういう場所では酔いも手伝って記憶が定かでなかったり、場の雰囲気を壊したくない思いも手伝って、大抵はこちらに話を合わせてくれる。そうなったら、もうこっちのものである。口八丁手八丁、如何に情報を引き出して詐欺に活用するかを瞬時に判断するのだ。


俺はとても若い頃から腕を磨き、まともに働く事なく詐欺一本で優雅な生活を送ってきた。勿論、本名を名乗る事なんてないし、独自のメイクで顔の印象もその都度変えているので、足がつく心配もない。


”さて、いま目の前にいるカモをどう料理してやろうか”


自分で言うのもなんだが、俺の優秀な所は臨機応変に長けている点だ。相手の話に合わせ、素早く矛盾のない話を作り上げる。ほら、あれだ。脳内でシナプスが繋がるっていうのか、良い考えが瞬間的に浮かぶのだ。今も眼前の女性の話をうまく引き出しながら、どんどんシナプスが繋がっていく感覚を覚えている。


「あぁ、それそれ。君があの場所で……」


そう言いかけた時、うしろから誰かに声を掛けられた。


「おい、あんた誰だ。招待客の名簿にはないようだが」


振り返ると、いかにもその筋の連中だと分かる黒服の男が数人立っている。


「え、えぇと……」


まずい、ばれたか……。


”考えろ、考えろ俺。シナプスを繋ぎまくって難局を乗り越えろ”


俺は自分自身に言い聞かせながら、必死に言い訳を構築する。


「答えられないようだな。”また、会えたね”ってフレーズが気になって、様子を伺っていたんだが……」


これはもう言い訳が通用する事態じゃない。俺のシナプスはドンドンと繋がり、これまでの、そしてこれからの事態を的確に予測していく。俺は不覚にも”その筋”のパーティーに潜り込んでしまったのだ。こうなってしまった以上、この先の展開も手に取るようにわかる。


「ははっ……」


俺は愛想笑いをしながら、テーブルに敷かれたクロスを思い切り引っ張った。乗せられていた豪華な料理や飲み物が散乱する。突然の事に驚いた黒服の男たちのスキを突いて、俺は脱兎の如く出口へ向かって駆け出した。


「野郎、待ちやがれ!」


背後に猛獣の罵声を聞きながら、俺は必死に走り続けた。捕まったら文字通り奴らの餌食になるのは間違いない。それは死、もしくはそれに等しい状況を意味している。


俺はただひたすらに両の脚を回転させ続け、ネオンが怪しく光る街を走り続けた。




「くそっ!」


裏通りの闇に紛れ、どうにか逃げ切った俺は、寂しい公園のベンチで息を切らす。そうなんだ。ここ何週間か、いつもこの調子だ。声掛けの段階で失敗する事が増えたし、話が先に進まない内に向こうから連絡を絶ってくるパターンが殆どである。


原因は分かっている。最近、世間を騒がせているあの事件のせいだ。既に5人が殺されている。それが連続殺人だと囁かれるのには訳があった。共通するキーワードが存在するのだ。「また、会えたね」の一言である。


被害者が殺される際、近くにいた人が聞いていたり、凶行に遭って病院に運ばれ今わの際に、被害者自らがその言葉をうわ言のように呟くのであった。


そのせいで皆がこの言葉に敏感になっており、いつもの俺の”手口”が通用しづらくなっている。今回も正にそうだった。


だが不思議な事に、俺はこの事件に何となくではあるが違和感を覚えている。単に自分が良く使うフレーズと同じ言葉だからなのかも知れないが、何か引っかかるものを感じていたのであった。


シナプスが繋がるようで繋がらない。

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