第6話

「寂啓様」

屋形からの帰り際、声をかけてきたのは双子の乳母達であった。

「どうかしたのかね?」

植親の前で見せている肝の太い態度とは打って変わって切羽詰まった顔をしている二人に寂啓は尋ねた。

 尋ねた、が、心のどこかでは二人が何を言おうとしているか、分かった気がした。

「あの、双子のことなのですが……」

先に口を開いたのは双子の兄の方、白鳳丸と名付けられた赤子の乳母であった。名を菊と言ったか。姉妹の姉の方である。

「どうされた」

「目が、お悪いように思うのです。いえ、私のような素人にはなんとも言えないのですが、私の子供達と目の動きが違うような気がして……」

姉の言葉につられるように双子の弟の鳳凰丸の乳母、姉妹の妹の方である梅も話し始めた。

「鳳凰丸様は耳が聞こえていないように思います。その、大きな音がしても泣きもしない時がございます。大人しいとか、肝が太いというのとはどうにも違うと感じられて……」

数名の子供を産み、育てた経験を持つ彼女達は、赤子の様子が普通ではないと、母親の経験と直感で思ったのだ。

 寂啓の感じた不安は間違いではなかった。だが、新しい命を迎え、喜びに満ちる家族にその喜びに水を差すようなことは言えなかった。それは、乳母達も同じであろう。さらに言えば、彼女たちはもっと早くにそれに気づいていたのかもしれない。ずっとそれを胸に秘めて、二人で苦しんでいたとも考えられる。

「奥方様は回復してきたとはいえ、まだ床にあられる」

「はい。ですから、」

二人はそう言って顔を見合わせ、頷いた。そして、縋るような眼で寂啓を見た。やはり、以前から気付いていたのだと、寂啓は確信した。

 そして、寂啓も静かに頷く。

 知っているのだ。

 ここにいる皆が、今、どうするべきであるかを。

 それは、あの家族を思えばこそ。だからこそ、家の者に信頼されていて、かつ、家の外の人間である寂啓に話を持ち掛けたのだろう。

「其方らの子に、いずこかの障りがあったとて、己のかわいい子供に違いはあるまい。それは彼らとて同じこと」

寂啓の言葉に二人は強く頷いた。その心が、同じであることを確かめるように、何度も、何度も。

「今、北の方の心を乱すことはお命に障りかねない。今暫し、堪えてもらえまいか」

この通り、と、寂啓は頭を下げた。

「そんな、」

「もったいない」

と、慌てて駆け寄り、寂啓を止める二人の肩に手を強く置いて、なにとぞ、と、念を押す。その様子に、二人も腹を括った。

「私たちもそう思っていました。お方様にご心労をかけたくはありません。ただ、黙っていることが正しいのかどうか、私達では決められず、不安になったのです」

「寂啓様も同じ思いと知って安心しました。大丈夫です。誰にも言いません」

そして、私たちも、と、言って続けた。

「あの子たちがかわいくて仕方ないのです」

そういって二人は笑った。その笑顔には、ようやく自分たちのすべきことが決まったという安堵も含まれていた。そうなれば彼女等は強い。そんな気がした。

(女性は、母親とは、なんとも強いものだな)

寂啓はその力強い笑顔を見て、心強く思った。

 その強さは、あの双子の母親にもきっと備わっている。今はまだ体の回復が追い付いていないが故に、心も強くは在ることができないだろうが、身体が回復すればきっと、母としての強さを取り戻してくれるだろう。

 今は一日も早くその日が来てくれることを祈るしかない。双子が成長していけば、どこかの段階で必ず障りの件が明らかになる。まだ、はっきりとそうだとは言い切れないが、そうでないとも言い切れない。障りがあると発覚した時に、双子の命運を決めるのは、その母であり、父であろう。

(その時、皆にとって良い選択が出来ることを祈るしかない)

寂啓は心の中で静かに手を合わせた。

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