第5話
寂啓がその双子に初めて会ったのはそれから一月ほど経った頃であった。
産褥で臥せっていた北の方もどうにか体を起こせるほどには回復したと知らせを受け、その見舞いもかねて屋形を訪れた時であった。
双子は普通の赤子よりは小さくは生まれたものの、各々の乳母の話では健康状態は良く、乳もよく飲むという。植親が領地内で少し前に子供を産んだ母親を子供と共に屋形に迎え、乳母としたのだった。しかもその二人は姉妹であり、それぞれ別の家に嫁いだのであるが、何の縁かいつも時を同じくして子を持つのだという。二名ともが既に三名の子を為していて、育児の経験が豊富な、心強い乳母であった。気質も農民の家の者らしく強く逞しい。
「其方らのように逞しい乳母を持てば、さぞや双子も逞しく育ってくれるだろう」
植親にそう言われても、恥じ入るどころか植親の背中を叩いて子の誕生を祝うような女達だった。
父母と兄、そして乳母や他の周りの大人たちに見守られ、赤子は順調に育っているのだと、寂啓は安堵した。赤子を見る全ての者の目が優しい。それは、赤子が持つ、かけがえのない能力のように思えた。
「赤子というものは何度見ても尊い。そこに在るだけでこれほどの喜びを感じることができる。何をするでなく、誰の役に立つでも無いのに、不思議なものだ。否、そこに在ることこそが、赤子の役割のようにすら思える」
そう言って植親はさも愛しそうに微笑んで赤子の手に指でそっと触れた。それを感じて赤子が手を開き、植親の指を握る。最早それだけで植親は蕩けそうに笑う。
「私も、このような赤子でございましたか?」
そう言って父の顔と弟たちの顔を見比べるようにしているのは、双子より五年早く生まれた嫡男青龍丸だった。まだ幼いが利発な子供で、その将来を、親のみならず家中の者が皆で期待していた。
「おお、お主は儂にとって最初の赤子故な、余計に尊いと思ったものだ」
そう言って植親は青龍丸の頭を撫でた。すると、青龍丸も嬉しそうに笑った。
「まことまこと、青龍丸様がお生まれになった時は御父上も産屋の外をうろうろと」
「寂啓!」
恥ずかしい過去を暴かれ、植親が慌てて声を上げたが、寂啓はどこ吹く風と止める気配も無い。
「お生まれになった時はそれはもう、天にも昇る心地と申されておりました。貴方様がいらしたことは、何よりの喜び」
寂啓の言葉に、今度は青龍丸が真っ赤になった。手放しでほめられて嬉しいのだろう。頬を赤くしたまま、小さく頷いた。
「そしてこのように尊いものをいつも儂にもたらしてくれる母君は尚更尊い」
植親も頷きながらそう言った。すると、今度は北の方の頬が染まる。
「そのような、」
「いや、まことに」
そう言って微笑みあう姿は見ている者達の心を和ませた。赤子を真ん中にして、そこにはゆるぎない家族の絆があった。
そこへ一匹の蝶が現れた。蝶はひらひらと赤子の上も飛んだ。
「あ、だめじゃ。私の弟たちにいたずらしてはならぬ」
そういって青龍丸は立ち上がると蝶を追った。その足がもつれて、あわや赤子の上にとなった時、植親がその小さな体を捉え、持ち上げた。
「これ、其方が障りになってはなるまいよ。どれ、父と遊ぼう」
そういって植親は青龍丸を伴って庭へと降りた。そんな騒ぎの中、赤子らは無邪気に微笑みに似た表情を浮かべていた。
その様子に、寂啓は一抹の不安を覚えた。
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