第3話

 それは、何の前触れも無く起こった。突如、植親の預かる城に大名家の者だという男達が数名現れ、謀反の疑いありとして植親を切り捨ててしまった。大名家の言い分によれば、その疑いが浮上したのは三月も前のことであり、その証を精査していたという。その結果、植親は敵国の家臣と結託して、主たる大名家を滅ぼさんとしたという証を得たというのだ。

 敵国の家臣と交わした書状がみつかったというが、それは関係者には一切開示されなかった。植親の気質をよく知る寂啓には、謀略であるとしか思えなかった。しかし、植親はそれを詳らかにする場も与えられずに使者に楯突いたとして斬られてしまった。

 それを知った同腹の兄、弥太郎は、母と共に自刃した。その折、弟たちを信頼できる従者に逃がすよう命じたがその者もまた切られ、弟たちは敵の手に落ちたのだ。

 囚われの身であったのはひと月ほどであったが、彼らは地下の牢の中で手を取り合い、身を寄せ合って過ごしていたという。誰にも触れさせず、そこから動こうとはしなかった。声も立てず、ただただ涙を流し、ただただ震えていた。当初は食事も摂らずにいたのだが、少しずつ、口に入れるようになった。それも、片方ずつであったという。

(毒が入っていないかどうか、確かめながら摂ったのであろう)

そこには、二人の生きたいという気持ちが現れているように思えた。

 そう、二人は生きたいと願ったのだ。深い悲しみの中に在って、寄る辺なく、心細さに押しつぶされそうになりながらも、それでも生きる道を選んだのだ。

 そこに、父母と、そして、最後に彼らを逃がした兄の、切なる願いを見たように思った。生きろ、と、あるいは口に出してそう告げたのではないだろうか。あるいは、障りのある身なればこそ、生き延びる術があるやもしれぬと思い、そう祈りを込めて二人を逃がしたのであろう。そして、二人はその気持ちを汲み、必死に生きようとした。

 二人の家の菩提寺であった寺の住職である寂啓が主家の血族である二人が生きていることを知り、その嘆願により、二人の出家を条件に助命を許されたのだった。そうして、寂啓は今、二人を連れて寺に向かっている。寺もまた、存続を許されていた。他の大きな寺と違い、寂啓の寺は力を持たない。武士の菩提寺とはいえ、大名家の菩提寺と言うわけでは無い。一介の、小さな小さな寺に過ぎない。謀略を仕掛けた敵が誰なのかは知らないが、その敵方にとっては二人の障りのある子供同様、大した存在ではないのだ。

 助命嘆願が通った一つには、父母らの思惑通り、彼らが各々、不自由な体であったからというのが確かにあった。取るに足らない者であると思わせるに十分だった。誰かの思惑によって、一つの家が断絶するに至った場合、断絶させた側がその血統が残ることを恐れる理由は、それを奉じて誰かが立つということである。つまりは、正当な報復を恐れるということだ。それ故にその血統を傍流も傍流まで断絶しようとする。

 しかし、そもそもがそれほど大きな家ではない上に、奉じようにもその血統が刀を取って戦うことが出来ない体であるとするならば、報復の可能性は無いに等しい。それこそ、寺に入れてしまえば誰かに担ぎ出されるということも無い。静かに父母らの菩提を弔いながら細々と生きてくれるだろう。それで断絶させた側もある程度の罪滅ぼしが出来る。

 つまり、その方法はお互いにとって最善と言えた。あくまで、寂啓が二人を引き取りたいと言った時の最善ではあるのだが、ともかくは命をつなぐことができたのだ。それは、無くなった父母らの遺志にも沿うことになる。誰にとっても最善だったと言って間違いはない。

 そもそも、そのような謀略など、起きなければ良かったということは、口にするまでも無く当然のことなのだ。それでも、起きてしまったことを嘆いても詮無いこともまた事実なのだ。その重い事実を背負い、残された者は生きていかなければならない。

 だからこそ、兄弟は生きることを選んだ。事実を背負い、父母らの想いを背負い、生きることを。彼らにとって、寂啓が手を差し伸べたことはこの上ない幸いであった。寂啓もまた、彼らと同じ事実と、想いを背負って生きる者だからだ。

(大きく、なったものじゃ)

寂啓は二人振り返り、思う。重なるのは、彼らと初めて会った時のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る