第2話

 寂啓は山道を歩く中、一つ静かに息を吐いた。その息は白く凍り、一瞬で消える。儚いものを目にすることはそう珍しくない。この世ですら、神仏の目から見れば、儚いものだろう。

 その儚い命の中で、五十を越えて生きている。人としては長い方の生だろう。その中で多くの出会いと別れを味わった。

 その中でも、今、彼を苛んでいる別れの痛みは特に耐えがたいものであった。神も仏も無いものかと、僧侶でありながら思わずにはいられない。

 寂啓はもう一度、今度は深く深く息を吐いた。

 神仏の座す天からは、白い雪がちらちらと舞っている。降る、というほどのことはない。だが、それでも寒い。

 彼は立ち止まり、後ろを振り向いた。彼の後ろからは少し遅れて二人の子供がついてきている。年の頃はまだ十ほどだった。前髪も上げていない。童姿の二人の男の子供だ。仕立ての良い着物を着ているが、その着物は汚れていた。二人の顔にも汚れが目立つ。もう何日も着物も変えて居ず、身体も洗っていない。二人は寂啓が迎えに行くまで、そういった環境に置かれていたことになる。

 二人は寄り添って、手を取り合って歩いていた。寂啓が手を引こうとしたが、彼らは応じなかった。と、いうのも、片方は目が見えず、片方は耳が聞こえないのだ。故に、二人はそれまでもずっとお互いを頼りにし、お互いを支えて生きてきた。二人はこの世に産声を上げる前から一緒だった。二人は双子の兄弟なのだ。母親の腹の中で、あたかも一人を二人に分けたように生まれてきた。その分だけ、絆が強い。彼らの置かれた過酷な状況が、それをより強くしていた。

 双子の兄弟の名は目の見えない兄の方を弥次郎。耳の聞こえない弟を弥三郎といった。二人をつないでいるのは文字であった。その文字を二人に根気よく教えたのは彼らの父母であり、兄であった。

 彼らの父、植親は大名家に仕える家臣であった。優しい父であった。植親の正室であった母は彼らを生んだ後、床に臥せるようになったが、それでも彼らを温かく見守ってくれた。同じ母を持つ兄は、なにくれとなく不自由な弟たちを想い、彼らに出来る限りの知識を与えた。

 そして、彼等にはもう二人、家族があった。その家族も、今はどうなったのか分からない。分からない方が、今はいいのかもしれないと、寂啓は思う。

(どこかで生きていてくれれば、それで良い。そうでないなど、思いたくも無い。どうか……)

そう思うのだ。それほどまでに痛ましい事件であった

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