第39話:識字にいに

 包丁を桐箱にしまい、ズボンのベルトに挟む。ゴルフクラブは裸のまま、服の中、背中側に入れた。ズボンの中が腹側も背中側もゴツゴツして仕方ない。

 そのまま菜那ちゃんを抱っこして、庭に下りた。と、そこで。


「のーえんいくの?」


「え?」


 不意に発された言葉に、俺は驚きのあまり菜那ちゃんの顔をマジマジと見てしまった。何を勘違いしたのか、頬をすり寄せてくる。プニモチのほっぺが気持ち良い。じゃなくて。


「菜那ちゃん、農園が分かるの?」


「うん。きのうもいったよ? おぼえてないの~?」


 少し小馬鹿にしたような声音。ま、マジか。直近の記憶があるということは、脳まで時間遡行したワケではないということか。


「ちょっと聞きたいんだけど……菜那ちゃんは今、幼稚園? それとも敬天女学院高校に通ってるの?」


「ようち、えん。けーてんは……まだ? あれ?」


 混乱しているみたいだ。小さな指を折ったり開いたりして、数字を確認している。


 これはどういうことだ。4歳と自認してるのに、17歳時の記憶も混ざってる?


「ん~」


 知恵熱が出そうなほど唸るので、イジメてるみたいな気持ちになる。


「ごめん、菜那ちゃん、いいよ。それよりお水持ってる?」


「う、うん! くさいたまにおみずあげるの!」


 おじたんの事も覚えている(知っている)。やっぱり17歳の菜那ちゃんの記憶もあるな、これは。


 死にダンジョンへの石段に歩き着く。


「暗いから暴れないでね」 


 注意喚起だけして、慎重に下りていく。幸いにも菜那ちゃんも空気を読んで大人しくしてくれていたので、危なげなく段を下りきった。


「すきる? すきるね、ななちゃんもね、もってるんだよ?」


「うん。知ってるよ」


「えんでるらっく! えんげーじ! にいにとけっこんするの!」


「あはは。それは良いね」


 エンゲージの意味も知ってるのは、やっぱり17歳時の記憶からか。

 

「……じゃあ行くね」


 ダンジョン農園を展開。地面に穴が開き、そこに立つと、また一瞬で景色が変わる。だだっ広い、殺風景な農地。


「のーえん、のーえん」


 菜那ちゃんが暴れるので、地面に下ろす。するとトタトタと駆ける。子供は手を前後に振らずに走るから転びやすいんだよな。


「転んだら、ばっちい、ばっちいなるよ?」


「こけない!」


「買ったばっかのおパンツもドロドロになるかも!」


 脅したらピタリと止まった。思わず吹き出してしまう。女児向けアニメの影響力は絶大だな。


 その間に俺は自分のステータス画面を開いてみる。思えばクロノスに会ったのは俺も同じ。何か手掛かりはないだろうか、と。




 ====================


 名前:新田拓実


 職業:女児用パンツ探索者(Sランク)


 レベル:6(逮捕前)


 スキル:ダンジョン農園LV2

     鑑定LV2

     交雑表

     脚力強化LV1


 備考:

 シスコンに加えてロリコンを発症。恥という概念が無い。


 ====================




 案の定、好き放題書かれてるな。逆に安心するわ。

 しかし、なんら手掛かりになりそうな記述はなかった。俺の方は全く影響がないのか?


「ねえ、菜那ちゃん。ステータス画面って開けるかな?」


「んー。うん。おみず」


 ああ、はいはい。昨日植えた栃の木とおじたん、薬草と進化スライムのコア、両方に菜那ちゃんはペットボトルから水をあげた。土の色が黒くなるのが楽しいのか、残った分も全部あげようとするので、慌てて止める。


「お水、あげすぎちゃダメだよ」


「なんで~?」


「菜那ちゃんも食べ過ぎると、ポンポン痛い痛いなるでしょ?」


「あー」


 分かったのか、分からなかったのか。とにかく残りの水は、傍の土に撒いてくれた。色が変われば何でも良いのかも知れない。


 気を取り直して、改めてステータス画面を開いて欲しいと頼んだ。子供相手にしてると、一発で本題にいかないのに慣れてくるな。


「ひらいたよ」


「ありがと。読んでみて」


「……」


 絶望的な顔をして俺を見上げてくる。ん? あっ! そうか。4歳の子供に漢字・平仮名・カタカナの混じった文章は恐らく読めない。つい自分基準で考えていた。というか、クロノスと遭遇した時の脳内シュミレートが忙しくて全く気が回ってなかった。


「よめないよ、ななちゃん」


 泣きそうな声で言うものだから、しゃがんで、その小さな体を抱き締めた。子供ながらに期待されて、それに応えられなかった事を理解してるんだろう。


「ごめん。俺が悪かった。ごめんね」


 後頭部を優しく撫でていると、


『新田菜那のステータス画面を全て平仮名に変換しました』


 ナビ! こういう贔屓はありがてえ!


「菜那ちゃん。平仮名だけだったら読めるかな? もう1回、ステータスを開いてみて?」


 コクンと首を動かした菜那ちゃん。俺から少し離れて、次の瞬間、中空を見つめ始めた。


「にったなな。しょくぎょう、てんし」


 天使て。まあ今は学生でもないから……天使か。ごめん、合ってたわ。


「れべる5。すきる……えんじぇるらっく。れべる2。えんげーじ。れべる2。ほのおまほー。れべる1。かんてい。れべる1。くろのすのしゅくふく。れべる1」


 !?!?


「菜那ちゃん。最後のもう一度」


「れべる1」


「その前」


「くろのすのしゅくふく?」


 興奮で一瞬立ち眩みがした。クロノスの祝福。ビンゴだった。

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