第38話:子守りにいに

 車を走らせ、ジャスポに到着。1時間ほどで買い物を済ませた。多目的トイレを使わせてもらって、菜那ちゃんもおパンツを装着。これで何かあっても、ノーパン趣味の変態兄貴の汚名は被らずに済む。それだけでメチャクチャ心が軽くなった。


 ただ売り場で、さりげなく5枚1200円くらいの安いのに誘導しようとしたら、猛抗議を受けて「はいてないのに!」などと大声で言い出した時は、死を覚悟した。慌ててプリンセスご所望の、女児向けアニメキャラとのタイアップ柄パンツ(1枚500円した)5枚で死刑を免れた。


 その後、約束通りおやつも買ってあげて、今に至るワケだが……おやつ売り場でも奇声を上げながら走り回ったり大変だった。子供はテンションが上がっても、言葉をあまり知らないせいか、その喜びを体の動きや声の大きさで示すらしい。


「あー、疲れた」


 姫は現在、後部座席でスヤスヤとお昼寝。キミは楽で良いよね。俺はこの後も運転があるんだけど。


「まあでも」


 可愛いな。本当に可愛い。小さくて天真爛漫で、ほっぺとか触ると指が幸せになるし、甘えん坊ですぐ抱っこをせがんできて。

 言うこと聞いてくれなくて困らされたり、意味不明なこと言われたり、イラッとするようなことも多々あるんだけど。それら全部もまた、この無垢な寝顔に洗い流されてしまう。


「ふう」


 衣服問題を解決するのに、こんなに時間を割いてしまった。たかがおパンツ、されどおパンツだ。

 本来は真っ先にやりたかった事、彼女の安全確認が疎かになったままなんだよな。いきなり体が縮んだってことは、これから更に縮まない保証もどこにも無いってことなのに。もしこれ以上小さくなるんだったら、赤ん坊、果ては……


「にいにぃ。ワンちゃんほしい」


 ビックリして振り返る。目を閉じたまま、口だけムニュムニュ動いている。なんだ寝言か。夢の中でもおねだりとは。


「病院……はダメだよな」


 こんな症状、医療の範疇なワケない。それどころか、下手に診せたら実験体にされる可能性すらある。医学の発展のためだとか、しょうもない建前で検査されまくって。


「ギルドで類似事例がないか聞いてみるとか」


 これも現実的じゃないな。そんな突拍子もないこと訊ねる時点で、何かあると言っているようなモンだし。というワケで今現在はスマホで検索をかけまくってる状態だが、やはり前例は見つからない。


「……」


 いや、分かってる。直感も状況証拠も既に解答を導き出している。時空の守神・クロノスだ。菜那ちゃんの胸にある模様。時空を司るであろう固有名。何かしらの関連があると見ていいだろう。


「ダンジョンに」


 行くしかないんじゃないかと。スマホを持つ手が震えている。当たり前だ。アレを捜しに行く。見つけたら、事と次第によっては倒さなくてはならない。親父の形見のゴルフクラブ一丁で。レベル999の相手を。


 無理だろう。それどころか、返り討ちの瞬殺だ。レベル8のおじキャタに大苦戦している人間が、どうこう出来る差ではないのは明白だ。なまじ強敵と戦った経験が、勇気を挫いていく。


「あ、いや」


 そうか。ステータス画面。菜那ちゃんに自分のステータス画面を見てもらって、それを読み上げてもらう。その中で違和感がないか。


「確か状態異常はステータス画面に出るハズだから」


 検索をかけ直す。ダンジョン攻略関連のサイトに飛ぶと、確かに複数人が状態異常時にステータス画面を開いて確認したという書き込みがあった。雨季うきペディアでも確認すると、信頼性の高いソースを参照に、当該の記述があった。


 俺は車を発進させる。ミラーを確認しても、菜那ちゃんは起きる気配なし。だけど。今は安らいでいても、急に体に異変が起こる可能性はあるんだ。なにせ昨日、寝る前まで菜那ちゃんに異常はなかった(少し元気が無かったけど)し、就寝中も特に声を上げたりはなかった。


 つまり縮む時は一瞬。痛みなどの症状もないんだろう。ゾッとした。だってそれって……極端な話、瞬きする間にパッと消えてしまうかも知れないということじゃ?


「……っ」


 今日一日の菜那ちゃんとの時間が脳内を駆け巡る。こんな可愛い子供が次の瞬間には胎児も飛び越え、存在が確定する前のに戻されるかも知れない、のか。

 

 それにまだ100%の実感があるワケじゃないけど、この子の消滅は即ち菜那ちゃん(17歳)の消滅も同時に意味する。

 ……わだかまりはずっとあった。なんなら今も。嫌いたいと思ったことすらある。だけど結局、彼女は俺の大切な妹で、今となっては唯一の肉親で。


「やっぱ失えないよな」


 スッと覚悟が固まった。家に着いたらクラブだけじゃなく、台所から包丁も持っていこう。いざとなったら、クロノスと刺し違えてでも、彼女を救うんだ。そんな悲壮な覚悟が。


「ふううう」


 武闘家が敵を前にして呼吸を整えるように。長く低い息を吐いた。可能性はゼロに近くとも。結局、俺は瞬殺され、菜那ちゃんも消えるとしても。それでも足掻きたい。抗いたい。何もせず、妹を見捨てて生き残って、それでこれから先ずっと後悔を抱えて呼吸してるだけのクソみたいな人生は送りたくないから。


 我が家が見えてくる。指が白くなるほどに強くハンドルを握っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る