第35話:冤罪兄さん

 ◇◆◇◆

 

 食事、風呂も終わり、新田菜那は自室のベッドで横になっていた。だが眠れない。様々な思考と感情が胸中に渦を巻いていた。

 彼女とて、頭では分かっているつもりなのだ。兄の判断は正しい。あんな命懸けの稼業、いつまでも出来るものでもないのだから、ブランクが長くなる前に再就職の道を模索した方がいい。


 そもそも彼女だって、兄に危険なことなんてして欲しくない。だから、この決定は諸手を挙げて賛同して然るべきものだ、と。


「なのに……」


 この数日は、あまりに楽しすぎた。もちろん危険もあったし、恐怖や不安もあった。でもそれでも菜那は楽しかったのだ。


 兄が信じられないくらい素敵な人だということも改めて再認識できた。

 彼はどんな危機的状況、それこそクロノスに遭遇した時ですら、自分より妹を優先していた。肉親といえど、自らを囮にしてまで相手を助けるなんて、そうそう出来ることではない。


「……昔みたいに、菜那って」


 庭から滑落した時、巨大キノコに落っこちた時……必死で自分の名を呼んでくれた。


(真心、愛情と捉えて良いのかな。こんな私にまだ、兄さんは……)


 膨らみ続けていた期待。また数年前のように、仲良し兄妹に戻れるのでは、と。

 だが、そんな時間が終わってしまう。また数日前のように、登下校の送り迎えの時間しか会えない毎日が始まる。寂しくて、悲しくて、申し訳なくて、切なくて。


「お兄ちゃん……」


 相手は社会人なのだから、そんなものと言われれば、そんなものなのかも知れない。それでも彼女は。


「可能なら、24時間でも一緒に居たい……」


 自分の気持ちが重たくて、病的な域に近づいているのも菜那は自覚してる。兄妹愛の枠だけで納まらない感情についても。


「お兄ちゃん……苦しいよ」


 こんなに傍に近づけた日々を経験させておいて、また元の砂漠のような日常に戻れだなんて。あまりに残酷だ。


「そんな資格、ないのは分かってるけど」


 血の繋がりのこと、だけでなく。


「それでも私は、アナタの一番近くに居たいです。傍に置いて欲しいです」


 胸に鈍痛が走る。パジャマの上から、キュッと押さえる。


「お兄ちゃん……兄さん……」


 涙で目が霞んだ。ポロポロと熱い雫が頬を伝った。鼻の奥がツンとする。胸が苦しい。息が出来ない。彼女は更に強くパジャマを掴む。


 と。


 何故かパジャマがブカブカになっている。胸を押さえていたハズの手も、いつの間にか袖の中に引っこんでいる。勿論、いわゆる萌え袖のような着方をしてるワケじゃない。


「え?」


 おかしな事が起こっている。なのに、何故だか菜那は危機感を覚えるより、眠気に支配されていた。やがて微睡んでいく意識。その頃には、彼女の体は……




 ◇◆◇◆



 

 朝。ピピピピと鳴り続ける電子音に目が覚めた。俺は毛布から手を出して、スマホを掴むと、アラームを止める。


「うう、ああ」


 地鳴りのような低い声を出して眠気を飛ばす。なんか毛布の中があったかい。昨夜は気温が高かったんだろうか。まあいい。起きよう。

 毛布をはいで…………は? え? は?


「……」


 目を擦る。


「いやいやいや」


 子供がいた。全裸の子供。髪が長いので多分、女の子。サナギのように体を丸めて眠っている。

 何故という疑問がグルグル回っている一方で、頭の冷静な部分は社会的な死の気配を感じ取っている。


 ヤバイ。とにかくヤバイ。何故か朝起きたら、性犯罪者になりかけている。誰なんだ、この子は。一体どこから入ってきたんだ。なぜ裸なんだ。


 とにかく、どうにかしないと。


 そこでピンと頭の中に豆電球が灯った。そ、そうだ。


「な、菜那ちゃ~ん! 菜那ちゃ~ん!」


 どう考えても俺1人の手には余る。それに場に女性が居れば、性犯罪冤罪の可能性はグンと下がるハズ。


「菜那ちゃ~ん!」


 我ながら悲痛な声を出している。


 と。


「う~ん……なーに?」


 目の前の幼女が起きてしまう。手を顔の前に持ってきて、両目をゴシゴシする。うわわ。胸が見えてしまう。いや、幼稚園児くらいの子の胸部を意識する方がヤバイのか? なにが正解だ? こっちを視認される前に逃げるか? どうすればいい?


「って、え?」


 幼女の左胸の辺り、タトゥーのような模様があった。見たことのある。銀の丸縁に3本バラバラの銀の針。クロノスの面と同じ模様だった。


「にいに、おはよ」


 更に衝撃的な言葉。幼女が俺に向かって「にいに」と、確かにそう言った。菜那ちゃんが本当に小さい頃、俺のことをそう呼んでいたのを思い出す。

 まさか。まさか、まさか!


「菜那ちゃん?」


「うん。ななちゃんは、ななちゃんだよ?」


 小さな顔いっぱいに笑顔を浮かべて、何が楽しいのか、自分を指して「ななちゃん、ななちゃん」と繰り返している。


「な、菜那ちゃんは自分の苗字って分かるかな?」


「うん! にった。にったななちゃん! 4さい!」


 ああ、と野太い声が出た。夢であってくれ、と。


「にいに、すごいこえ! あ゛あ゛!」


 真似をされてしまう。

 けど、今はそれどころじゃない。状況を整理しないと。ていうか、こんな不可思議な現象、ダンジョン絡み以外、考えられないよな。俺はチラリと彼女の胸の部分を見る。実際この状況もヤバすぎる。女児の胸を盗み見する性人男性。けど今は置いておく。


 やっぱり見れば見るほど、クロノスの面の模様と酷似していた。ならアイツの仕業だろうか。何もされなかったと安堵していたのは、ぬか喜びだったのか。衝撃、怒り、不安、恐怖。様々な感情が一気に押し寄せてきて眩暈がする。一体、妹は何をされたんだ? これからずっと子供のままなのか? それとも、もっと酷い状況になるのか? 

 

 取り敢えず、1つだけ確実に言えるのは……悠長に波浪ワークなんて行ってる場合ではない、という事だけだった。











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 これにて1章(の予定だった内容)は終わりです。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 

 初のダンジョンものという事で、手探りで書いてみて、ただ書いたは良いけど面白いかどうかが自分でもよく分からず。なら公開してみて読者の皆様の判定を仰いでみようと……その結果、「なろう」「カクヨム」とも大爆死&離脱率も高めということで、相当つまらない出来になってしまっているようです。申し訳ありません。


 つきましては、この作品はここで休載にしたいと思います。つまらないなりに最後まで書こうという気力が湧いた時に、ひっそりと頑張る。そういう方針でいかせて下さい。


 次回作は読者の皆様の反応に関係なく、自分が自信を持って書けるもの、自分が読んで楽しいものを目指して、また構想を練りたいと思います。


 短い間でしたが、当作品にお付き合い下さり、ありがとうございました。

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廻る恋慕とクソダンジョン 生姜寧也 @shouga-neiya

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