第34話:苗ぽよ兄さん
あくる日曜日。通販サイトで栃の木を探していると、ラッキーなことが起こった。目星をつけた出品者が、ウチから車で30分強の場所に店を構えているというのだ。電話してみたところ、栃の木の苗は余り気味のようで、取りに来てくれるなら60%オフで譲るということだった。
早速、菜那ちゃんと一緒に向かう。山裾にある小さな丸太小屋。その軒先にも店内に入り切らない分か、客寄せのためか、綺麗な花々が植えられたプランターが並んでいる。
車の音を聞きつけてか、丸太小屋の店内から1人の男性が顔を出した。口元が髭で覆われた、体格の良い御仁だった。後ろから狐顔の女性(奥さんだろうか)も覗き込んできて会釈する。
「ああ、お電話いただいた新田様ですか?」
「はい、そうです」
「ちょっと待ってくださいね」
女性の方が答えて、奥へ引っ込む。そしてすぐさま苗を入れた鉢を持って戻ってきた。男性と入れ替わり、そのまま手渡してくれる。
「木を育てられるのは初めてということでしたが」
「はい、そうなんですよ。ちょっとやってみたくなりまして」
「栃の木は基本的に生命力が強いですから、初心者にもオススメですね。日光だけちゃんと与えられていれば、普通に育ちますから」
日光。あの地下のオレンジライトで大丈夫だろうか。
「ちなみに植物育成用のグローライトとかの光でも育つんですか?」
「ん? ああいったものは基本的には屋内用ですね。それなりの大きさに育つ木は、そもそも屋外に植えると思うので、あまり……えっと、まさか屋内をお考えじゃないですよね?」
「あ、いえ。違いますよ。ただ一般論というか、今後、小さな植物を育てることがあるかも知れないから、というか」
不審に思われないよう必死になってしまう。なんか逆に怪しくなったかも。ただ店主さんは気にした風もなく。
「ああ、そういうことでしたか。まあ効果はありますよ。ただ良いお値段しますからね。本格的に始めるのであれば、検討されるのも良いですが」
「なるほど」
それから数分。初心者の俺たちに色々と親切に教えてくれた。土質(土性とも言うらしい)と植物の相性なんかの話もタメになった。まあダンジョンの土や植物にも当て嵌まるのかは、定かじゃないけど。
「色々とありがとうございました」
「いえいえ……それでは苗木代で400円お願いします」
やっす。流石に、これだけ情報も頂いて、苗だけってのも悪いな。
「土壌を良くするための肥料と腐葉土も頂けると」
「あ、ありがとうございます」
しめて1400円のお買い物。気の良い店長と奥さん(?)に見送られ、店を後にした。
家に戻ると、昼食をとり、ダンジョン農園へ。ちなみに、
「農園ダンジョンとかダンジョン農園とか、ややこしいので、呼び方を変えませんか?」
という菜那ちゃんの提案があったので。今から行くダンジョン農園の方は単なる農園と呼ぶことにし、あの大穴を通って行く農園ダンジョンの方は、大穴ダンジョンと名付けた。薄い確率で一攫千金できたことを考えると、洒落がきいてる。
農園に降り立つ。昨日は農具類は出しっぱなしで帰ったんだけど、寸分違わずそのまま。薬草を植えた辺りの土も変わりない。やっぱ他の生命体は居ないみたいだな。ダンジョンであって、ダンジョンではないという事だろうか。ワケわからんな。何なんだろう、この場所って。
「……耕そうか」
考えても分からないことは、そのまま受け入れる。ここ数日で会得したマインドだ。
まずは2人して小さなスコップでコツコツと地面をほじくり返す。ウンコ座りのようになって、ひたすらザクザクと。
ある程度の深さまで掘り返せたら、鍬の出番。何度も刃を入れて、表土と入れ替えるような感じで。超久しぶりにやったけど、腰にくるな。
鍬入れが終わると、休んでいた菜那ちゃんとバトンタッチ。再びしゃがみ込んだ彼女は、土の塊を手(軍手はしている)でほぐしていく。
その様子を眺めながら。
「……これよく考えたらさ」
「はい」
「薬草の時にするべきだったんじゃないかな?」
「私も思いました。木よりもよっぽどデリケートそうですもんね」
逆に木は多少土が硬くても、根を張る力が強いから……うん、やっぱ逆だった気がする。
「なんか……焦ってたんだろうな。早く植えて、早く換金したいと」
どれくらいで特上薬草に変わってくれるかも分からないし、なるべく早くと思っちゃったんだろうな。ということは裏を返せば、俺はこの件を早く片付けて、求職活動に専念したいと思ってるってこと、なんだろうな。もしかすると、心の奥底では既に答えは出ていたのかも知れない。そのことに不意に気付いてしまった。
やっぱりさ……危険すぎるんだ。俺だけじゃなく、妹にまでリスクを取らせてしまう。彼女にも言った通り、1400万円はあぶく銭として有難く頂戴して、それを元手に一般職に就くのが堅実で賢明なやり方。彼女とまた昔のように話せるようになった事が嬉しくて、その時間を引き延ばしたいと考えてしまって……でもそれで怪我や死亡を招いてしまったら大馬鹿野郎だ。モラトリアムはいつか終えなくちゃいけないんだから。
「…………明日からさ」
「はい」
「求職活動、始めようかなって」
「そ、そうなんですか」
「うん」
「家から……通えるところ……」
やっぱり、そう願ってくれるんだな。本当に俺は最近まで彼女のことを全く理解してなかった。疎まれているのではと思っていた。けどそうじゃないんだ。なら俺だって家に居たい。そうは思うけど、
「……善処するよ」
今はそれしか言えない。最寄りの都市は工場地帯。前職と同じように入寮前提だったり、家から通わせえてもらえても、二交代、三交代の勤務が当たり前だろう。いずれにせよ、この数日のように菜那ちゃんと過ごせる時間は激減するのは間違いない。まあそもそも働くってそういうモンだよな。今のプー太郎みたいな探索者生活の方が異常なんだ。菜那ちゃんを養うためにも必要なことなんだ、と自分に言い聞かせる。寂しげな彼女と視線を合わせられないまま。
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