第33話:親父ギャグ兄さん
ダンジョン農園に降り立つと、一直線に納屋へ向かった。そうそう、ちなみにこの納屋、庭にもある。元通りになった庭の地面と同じく、この納屋も普通に存在しているのだ。ダンジョン生成の際に取り込まれた納屋(今、目の前にあるヤツ)と、復元された納屋(庭にあるヤツ)が平行して存在してる状態だ。「なにそれ、怖っ」て感じだよな。まあもう、ここら辺は俺の頭脳では答えなんて出ないから理屈は考えないけど。
「兄さん、
「くわっくわっくわ!」
高笑いしてみる。なんか変な事をしたい気分だった。或いは700万円のおかわりに浮き足立ってるのかも。だけど案の定、
「え? え?」
ズルズルに滑ってしまった。やらずにする後悔と、やってからの後悔なら、後者の方がマシっていう論は結構多いけど、普通にケースバイケースだと思うの。
「……シャベルとスコップも使いましょうか」
スルーしてくれる優しさ。
結局、菜那ちゃんの見つけた農具は軒並み持っていくことにした。地上から持参の軍手を嵌め、鍬を担ぐと移動を開始した。
「どんな感じで植えたら良いんですかね」
「こんな事なら、近所の農家の話をマジメに聞いとくんだったな」
若気の至りというか。就職するまでは農業なんてカッペ丸出しの仕事、やるもんかと思ってたから、その手の話は聞き流してたもんな。社会に出ると、色んな業種の色んな話を聞けるのは財産だと理解するんだが。
ざっと歩いて回る。
「誰か、使ってたんですかね?」
菜那ちゃんも同じことを考えてたらしい。
「地底人がどこかに潜んでたりして」
「くわっくわっくわ!!」
「うわ。え?」
「に、兄さんが始めたんじゃないですか……!」
恥ずかしそうに俯く菜那ちゃん。よくあの滑り倒したネタをリサイクルしようと思ったよね。しっかり者のようで、時々こういう所がある。それがまた可愛くて……
「ん?」
足裏の感覚が変わった。畝の残骸を跨ぐように農園を縦断してたんだけど、ある地点で異変を覚えた。足元を注意深く見つめる。
「あ、土の色が変わってるのか」
「え? あ、本当ですね。土質も違いそうです」
乾燥した褐色土と、柔らかく保水性の高そうな黒土。あるラインを境に2つにスパッと分かれてる。自然界でこんなに綺麗に分かれるってことは多分ないだろう。またもダンジョンミステリーが増えてしまった。
「もう少し先は……更に色が違いますね」
菜那ちゃんが手庇を作って、遠望しながら。
「なるほど。多分だけど、作物によって適した土があるんだろうな。それでこの農園は複数種の土質を用意してくれてる、と」
至れり尽くせりだな。ただ選択肢が多いということは、それだけ迷いも増えるということでして。
「……どの土壌が良いんでしょうね」
「さっぱりだよね」
一度帰って調べてみるか。いや、薬草もこの土もダンジョン産だからな。通常のセオリーが当てはまるかどうか。
交雑表を開く。菜那ちゃんも覗き込んできた。
『進化スライムのコア×薬草=特上薬草』
やっぱ前に見た時と同じ文字列。土壌のことなんかは書かれてない。
「特に指定はないってことは、どこでも良いのかね?」
試しに褐色土の方に鍬を入れる。ザクッと小気味良い音。次いで菜那ちゃんがシャベルを土肌に突き刺し、足でグッと押し込む。地表10センチほどが掘り返された。
「コア、置いてみようか」
出来たての穴の中に、持ってきたコアをそっと入れる。
「薬草も」
菜那ちゃんがコアの隣に薬草を寝かせるように置いて、スコップで土をかけていく。丸ごと埋まると、彼女はスコップの裏側でペシペシと叩いて土を固める。昔、ウチで飼ってた亀が死んだとき、庭にこういう墓を作ったのをボンヤリ思い出した。これから育ってもらおうというのに、縁起でもないから口には出さないけど。
「……」
「……」
で、どうするんだろう。
「水とかあげた方が良いんですよね」
「恐らく」
ペットボトルの水を、トプトプと土にかけてみる。浸み込み、褐色から黒っぽい色に変わった。ここら辺の反応は人間界の土となんら違わない模様。
「毎日、水やりに来た方が良いんでしょうかね」
「うんまあ、そうしよう。なんせ育てば700万だし」
1日数分の手間など屁でもない額だ。
「あ、そうだ。おじたんの方はどうしましょうか」
「ああ、それね」
一応、あの布袋に封印したまま、引き摺って持ってきた。袋入りでもニオイは隠せない。加齢臭と、乾いた唾液のニオイが混ざり合ったような。
交雑表を出す。ページをパラパラと捲ると、3ページ目くらいに発見。
『おじたん×栃の木=???』
実ってみてのお楽しみか。おじたんが絡んでる以上、あんまり楽しみにはならないんだけどね。
「栃の木って言うと……隣県を思い浮かべてしまいますけど」
「ああ、また餃子食いに行きたいな」
「あ、良いな」
「な、菜那ちゃんも一緒に、行く?」
「良いんですか!?」
変な流れから、一緒に遊ぶ約束が出来てしまった。ダンジョン攻略(つまり家計の助け)という大義名分なしで遊ぶ約束。つい誘ってしまったけど、後から気恥ずかしくなってくる。けど同時に彼女がノータイムで乗ってくれたのが嬉しくもあって。俺は鼻を頭を掻いた。
「……あー、しかし栃の木か。帰って通販かな」
「そうですね。植えられるのは、もう少し先でしょうか」
まあ本命は特上薬草の方だしな。
思わず、薬草の方に向き直って、パンパンと柏手を打ってしまう。
「無事に育ちますように」
「なんですか、それ」
菜那ちゃんに笑われてしまった。
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