第32話:未練兄さん

 佐藤さんが妹に講習している間、ただボケっと待ってるのもアレなので、探索者用の談話室を借りて、調べ物を進めていた。ていうか、この談話室、埃っぽいんだけど。最後に使ったのいつだろう。


「……やっぱりキャタピラーの糸はここじゃ売らない方が賢明か」


 ここ群馬第3ダンジョンでは、キャタピラーの出現が確認されていない。つまりここの査定に出すと、どこか他のダンジョンで採ってきたのかと聞かれる。まあ事実なんだけど、まさか正直に農園ダンジョンとかいう未知のダンジョンから採ってきましたとは話せないし。さりとて他のダンジョンに行っていたと嘘をついても、入構記録を調べられたりしたら面倒な事態になりかねない。イチ探索者をそこまで調べないだろう、とも思うけど。ここ他に誰も居ない分、俺たちに全フォーカスなんだよな。


「まあ嘘じゃなく、キャタピラーが出るダンジョンに顔出しても良いけどな」


 他のダンジョンの雰囲気とかも見てみたいし。まあ取り敢えず保留で。次の調べ物に移る。


「……おじさんキャタピラーは、流石に見つからんか」


 匿名掲示板に、モンスター板みたいなのがあって、そこに色んなモンスターの特徴や、攻略法が書きこまれてるんだけど、やはりあんなヘンテコなモンスターの話をしてる人たちはいない。過去ログも漁ったけど、該当ゼロ。


 一応、掲示板じゃなく普通の検索エンジンで打ってみたら……


「お。マジか」


 キャタピラーおじさんという名前でヒット。ユルチューブに動画も上がっているらしい。早速開いてみる。


『ぐぎゃああ! おぎゃあ! ぼくキャタピラー! らぶとぅぎゃざあ!』


 普通の人間のおっさんが、キャタピラーの着ぐるみパジャマみたいなの(自作か?)を着て、グネグネしてる動画だった。そっと閉じた。


「世も末だな」


 そこまでして再生数が欲しいのか。そこまでしても80再生とかだったけど。

 ユルチューバーもダンジョンが出現して以来、更に飽和状態なんだよね。実業でクビになって、破れかぶれ始める人が後を絶たないんだとか。


 まあ兎に角、おじキャタはやはり新種だった。そもそもあんな巨大なキャタピラー、目撃情報からして無いし、ちょっとナイーブな面があるとか、どう考えても普通のモンスターじゃないよな。そして進化スライムも同様で、検索にヒットしない。


 やっぱり農園ダンジョンの存在は誰にも気付かれないようにしておいた方が良さそうだ。ダンジョン油田の発見者が殺されてしまったように、刷新的な物や人は、反感や恨みを買いやすい。


 でも。農園ダンジョンが他とはかなり毛色の違うダンジョンだと言うのなら、世紀の大発見も生まれる可能性が……いやいや、それこそギャンブルもギャンブル。宝くじの1等を夢見るのと変わらない。そういや1等前後賞よりヤバい確率とまで言われたランダムボスにも会ってるんだよな。あの時、本当にどうして見逃してもらえたのか。


「あー、ダメだ。思考が散り散りになってる」


 集中力が切れてる。

 と、その時。ナイスタイミングで部屋のドアがノックされた。


「兄さん、終わりました」


「あ、ああ。今行くよ」


 スマホをポケットにしまい、ソファーから立ち上がる。ドアを開けると、菜那ちゃんがラミネートされた資格証を胸の辺りに掲げていた。


「あ、もう発行してもらったんだね」


「はい。謎に番号札を取らされましたが」


 それはな、誰でもそうなるんやって。


「じゃあ今日のところは帰ろうか」


「あ、一応、スキルを聞かれたので手筈通り、炎魔法だけ申告しておきました」


「うん。了解」


 エンジェルラック、エンゲージともネットの検索に引っかからないレアスキルだったからだ。炎魔法が初期でゲットできてるのも相当の剛運らしいけど、まあ仕方ない。兄妹揃って「鑑定」と申告するのも怪しまれそうだし。


 談話室を出て、1階に下りる。手を振って見送ってくれる職員2人に会釈を返して、出口をくぐった。


「けど本当に未成年でもなれちゃうんですね」


 資格証の端っこを、指でピンピンと弾きながら菜那ちゃんが言う。

 そう、未成年でも保護者の了承があれば取得できてしまうのだ。2年くらい前の法改正でそうなった。色々と議論を呼んだけど、結局、体力勝負のダンジョン攻略にあって若さは武器ということで、解禁された。まあ背景には人権意識の低い国の若年層探索者がゴリゴリ結果を残して、先進国が焦ったというのが実情、なんて見方もあるらしいけど。


「まあ、本格的に使う事になるかどうかは、何とも言えないですが」


「そうだね。身の振り方、決めないと。その為にも3層を覗いて、モンスターだけ確認するってのも手ではあるんだよね」


 未練がましい事だけど。さっき話してた、3層に進化スライムがいるかもなんて淡い期待も捨てきれないでいるのだ。


「2層のリポップがまだという前提ですけどね。またあのおじキャタと戦うのは厳しいです」


「まあね。リポップと言えば、それこそ1層がリポップしててもおかしくないんだけどね。それなら万事解決というか」


「その場合は……倒す、リポップ、倒すのループで本当に錬金術が出来てしまいますね」


 夢だけは膨らんでいく。なんというか、とっくに宝くじの高額当選を夢見る人になってないか、これ。


「ふふふ」


「なに?」


「いえ、なんだか楽しくて」


 気持ちは分かる。数日前までと何もかもがガラリと変わった。菜那ちゃんとこんなに自然に、活発に話せるようになるなんて。共通の話題、共同作業、変なモンスターや、物欲まみれの高揚感。


 危険だと分かっていても、やめるとハッキリ言えないのは。たぶん俺もそうなんだ。

 楽しいから。2人でまた過ごせる今が。我が家の正念場なのは間違いないのに、だからこそ一致団結しなくてはならない状況がもたらした奇跡みたいな時間が愛おしい。


 もう少し。もう少しだけ続ける理由が欲しい。気が付けば、そんな事を考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る