第26話:フルスイング兄さん

「まあ、取り敢えずのところ、今日はもう帰ろうか」


 十分な戦果だろう。菜那ちゃんいわく、魔法を撃つと少しお腹が減るということなので、帰って夜食としよう。それで諸々の調べ物を進めよう。まずは薬草の値段を調べて、明日にでも購入。農園の方で交雑とやらをやってみよう。700万円のおかわりだからな。ウキウキが止まらん。


「ん? 菜那ちゃん?」


 糸の束を拾い集めている俺の上に妹の影(?)が落ちる。何か用かなと、しゃがんだまま振り仰いだ。そこには……


「は?」


 なにか巨大な生き物がいた。低木の2倍以上の大きさ。緑色の体色で、節のある体。芋虫だった。巨大な芋虫。それが、上体を起こしてユラユラとしている。蛇が鎌首をもたげて威嚇している姿に似ていた。


「に、兄さん!」


「逃げろ! 金扉だ!」


 即座に反転、逃げようとするが。


 ――ジュッ!!


 何かが行く手に飛来して、それが地面に着弾、湯気を立てた。草が溶けているようだ。


 ――こあ~!!


 巨大芋虫が不愉快な音を出した。


 ――ぺっ!!


 口から吐き出された液体のような物が、またも俺の方へ飛んできた。サイドステップで躱す。俺が元居た場所に着弾したそれが、先程と同じように草を溶かし、地表を露わにさせた。


「酸」


 小型のキャタピラーを鑑定した時、「戦闘」の項目も開いてた(倒した後だったからだろう)けど、そこに尻から糸、口から酸というような攻撃スタイルが書かれていた。つまりそれか。

 コイツも鑑定したいところだけど、AR画面なんか見てる暇はなさそうだからな。


 ――こあ、か、かあ~!


 てかコレ、本当に酸か? おっさんが痰を吐く時のクッソ汚い鳴き声にしか聞こえんのだが。


 ――うえ、う、えっほ、こあ、はあ、か、かあ~! はあ~!


 しめた。喉に痰が絡んで出てこない時のヤツだ。すかさず鑑定。




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 名前:おじさんキャタピラー


 レベル:8


 素材:???


 ドロップ:薬草(高確率)


 備考:


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 やっぱり、おっさんじゃないか。しかし、やっぱ戦闘の項目は出ないか。倒した後にしか出ないのは欠陥だと思うの。くそ、何か攻略のヒントが欲しい。あ! 備考欄がプロテクトされてる感じだけど、反応がある。こじ開けられそうだ。タップ連打。




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 備考:

 キャタピラーが巨大化した姿。望んでそうなったワケではないと、いつも言うが、その強さの恩恵には、ちゃっかりあずかっているので周囲からは嫌われている。人を愛することはないが、愛されたいと願っている。


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 いや知らねえよ。愛されたいならオマエから始めろよ。そういう態度だから嫌われんだろ。ていうか、なにこれ。弱点とか書いてるからプロテクトしてんのかと思ったら、心の柔らかい部分を守ってるだけだったわ。


「ぐぎゃあー!!」


 ブチギレとる。いや、そんなつもりじゃなかったんよ。ごめん、ごめんて。


 ――ぺっ! ぺっ! ぺっ!


 痰(酸性)の連射。やべえ!


「ファイアボール!」


 菜那ちゃんの声が聞こえた次の瞬間、宙を舞う痰の雨へ、巨大な火の玉が飛んで行く。ジュッと短い蒸発音を立て、それらは掻き消え、火の玉は遙か上空へ消えて行った。


「助かった!」


「はい。逃げますよ!」


 俺たちは散開する。案の定、俺の方を追ってきた。プライバシーを無理矢理に暴いた極悪人だからな。


 ――こあ~! かあ~!


 振り返りながら走る。おじさんキャタピラーもズリズリと腹ばいに進んでくる。


 ――ぺっ! ぺっ!


 2連射。蛇行して避けた。が、痰の跳ね返りが、くるぶしの辺りにかかる。ぐっ! 熱い! バランスが崩れて膝がガクンと落ちる。


「兄さん!」


 菜那ちゃんが狙い定まらないうちに、2発目のファイアボール(大)を撃った。巨大芋虫は器用に身を屈めて、間一髪で躱しやがる。クソ、手強いな。


「っ!!」


 皮膚を焼かれた足に鞭打って、走り続ける。ちょうど円を描いた格好で、最初に遭遇した場所、通常キャタピラーの死骸が転がっている焼け野原へ。


 ――ぺっ!


「今! 避けて!」


 菜那ちゃんの声に合わせて、右側へステップ。


「ダメ! 兄さん!」


 え!? 

 振り返る。飛来する酸はこちら側に曲がってきている。偶然だろうけど、真っすぐ飛ばなかったのか。妙に落ち着いた頭で考える。ダメだ、もう間に合わない。目をつぶった。


 ………………


 …………


 ……


「今! 扉側に避けて!」


 妹の叫び声に、俺は反射で、金扉の方向へ飛ぶ。近くに転がっていたキャタピラーの死骸の1つを飛び越え、そこで足を踏ん張る。痰が1秒前に俺のいた場所から右方向へ広く伸び、地面に着弾。ジュウと草を焼く音がした。


 ……なにか違和感が。だがその正体を探っている暇なんてない。


 後生大事に抱えていたゴルフクラブを肩の後ろへ、テイクバックを取る。そしてそのまま、極限まで引っ張ったゴム紐をパッと離すようなイメージで、体の捻じれを正位置に戻す。遠心力の乗ったクラブのヘッドが、硬化したまま焼け縮んだキャタピラーの死骸を捉えた。真芯に乗った感触。


 ――ドゴッ!


 かなりの速度で飛んで行った死骸が、おっさんの腹にめり込んだ。


「おごっ!」


 おっさんは凄い声を出して、体を曲げる。上体が下がり、動きが止まった。


「菜那ちゃん!」


「ファイアボール!」


 阿吽の呼吸。妹の叫びと同時、飛来したファイアボールが横っ腹に直撃。瞬く間に炎に包まれる巨大芋虫。


「ぐぎゃあああ」


 身悶えるも、火は勢いを増すばかり。俺は慌てて距離を取った。


「つぎゃあああ」


 菜那ちゃんも合流してきた。のたうつモンスターを油断なく観察する。だが、これ以上の反撃はないようで、次第に動きも弱々しくなっていき、


「らぶとぅぎゃざあああぁぁ……」


 ラブトゥギャザー言うてもうてるやん。こんな最期になるくらいなら、どっかで自分から心を開ないとダメだったんじゃねえのか。


「……ぁぁ」


 そして完全に沈黙。後は体に残る小さな火がプスプスと音を立てるのみ。


「か、勝ちました」


「うん」


 2人、勝利の余韻に浸る余裕もなく、その場にへたり込んだ。

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