第25話:計量兄さん
炎は木々の一群を燃やし尽くしたところで、急激にその勢いを弱めていった。よく見れば下草には殆ど広がっていない。普通、あそこまで大きくなった火が、まだ燃やせる物が近くにある状態で、ひとりでに鎮火するというのは考えづらい。
「例えば、壁にしても、モンスターを倒す上での戦略の中で壊れるべき時には壊れる」
菜那ちゃんが突然、そんなことを言い出した。
「あくまでも仮説ですが」
「人間の意図を読み取って有利に働いてるということ?」
「いえ。なんといって良いのか分からないんですが……空気を読んでる、みたいな」
「ええ……」
いよいよ、ダンジョンって何? って話になってくる。
「人間にだけ利するというより、例えばパワータイプのモンスターがハンマーを打ちつけたら壁が崩れ、地面は割れ、というような」
「戦闘の間だけ、人間界の自然物と同じように振舞うって感じ?」
「そうです、そんな感じです! だから関係ないときに壊そうとしても壊れない。通路を歩いてる時、なんとなく壊したくなったから殴ったとかはダメで」
軍がミサイル撃ち込んだ時も同じ理屈か。ダンジョンの健全な働きと直接関係ないなら、超自然的な不干渉モードになってしまうというか。
「今も戦略上の必要性が無くなったから、もう草には燃え移らない、と。なるほど」
「荒唐無稽でしょうか?」
「いや、それを言ったら、ここ数日、ずっと荒唐無稽だから」
「確かに」
2人で笑い合う。
「まあ今は考察は置いておくとして、フロア全体に火が回らなかったことを単純に喜んでおこう」
ぶっちゃけ、いま俺たちがコソコソと枠にしがみついて覗いてる、この金扉自体も焼けちゃうんじゃね? とか思ってたし。
……この扉が焼けたら帰れなくなるんかな。スペアとかある、よね?
「そうですね。でも……こっからどうしましょうか。進んでみます?」
「まあ炎魔法が超有効ということなら、格好の狩場ではあるよね」
ちょっと不安は残るけど、恐る恐る2階層に足を踏み入れてみる。菜那ちゃんも続いた。少し進んで後ろを振り返る。やはりまだあの金扉は開いた状態で残っていた。
「やっぱりダンジョンを出るまで、つまりあの死にダンジョンの石段を上りきるまでは残ってるんかね」
「そう願いたいですね。ヤバいのが出てきたら、あの扉に飛び込んで1層に戻って、閉めてしまいましょう」
実際、退路が確保されてるってのは、とてつもない安心感だ。
俺たちは取り敢えず、黒焦げになってブスブスいってる木々の傍に近づく。何故か全く焼け跡もない、糸の束が幾つか落ちていた。鑑定にかける。
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<キャタピラーの糸>
キャタピラーから高確率でドロップする糸。非常に滑らかな手触りと、織り易さの両方を兼ね備えている。天候に左右されないため、常に一定の品質を保てるので需要は高い。綿以上シルク未満という評価で定まっている。
時価3000円/キログラム
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菜那ちゃんのために、またまた朗読。なんか、幼い彼女に絵本を読んであげてた頃のことを思い出す。
「3000円ですか。この束が何グラムか分からないですけど……」
俺はしゃがんで束を何個か拾い上げてみる。
「体感でしかないけど、4つで1000グラムってところじゃないかな」
菜那ちゃんも同じようにして幾つか持ってみる。それくらいですね、と頷いた。
「ちょうど8つあるね。配分は分からないけど、複数ドロップしてくれた個体が居るんだろうね」
つまり全部で6000円。時給換算にすると美味しいけど……これだけ狙ってダンジョンに潜る人とかも居るんだろうか。
「あ、兄さん。宝箱もありますよ!」
菜那ちゃんの言葉に、しゃがみこんでいた体勢から立ち上がる。彼女が指さす先、黒焦げの木の下敷きになっている宝箱があった。いや、やっぱ違和感がすげえ。宝箱も木製なのに何故か全く延焼してない。まあ考えたら負けってのも分かってるんだけどね。
「どけられますかね?」
「低木だからね。ちょっと待ってて」
宝箱に乗り上げて軽く宙に浮いている幹を足でグッと押す。するとごく簡単に転がり、向こう側へ落ちた。
「開けてみよう」
ゲームだと罠があったり、実はモンスターだったり。そんな事を思い出してしまったので、クラブのヘッドで蓋を押し上げてみた。
「大丈夫ですか?」
「うん。取り敢えず毒矢が仕掛けられてるとかはなさそう」
俺が押し開けた中身を菜那ちゃんが覗き込む。
「あ、多分ですけど、魔石ですね」
赤い石が入っている。宝石のような光沢はなく、純色の赤って感じ。血豆のデカいヤツって例えはあまりに風情がないか。
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<炎の魔石>
炎系統の魔法の威力を何倍にも増幅する効果がある。必然、炎系統の魔法を覚えていない人間には使えない。使用方法は、この魔石を握った手で魔法を放つだけ。耐用回数は3回。
取引価格:時価5万円
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結構、良い値するな。
「凄いですね、まさにお誂え向き。これもエンジェルラックの効果でしょうかね」
「そうだね。ナビの贔屓の引き倒しって可能性もゼロじゃないけど」
まあいずれにせよ、ありがたく貰っておこう。
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