第24話:タダ乗り兄さん

「じゃあ、せーので覗くよ?」


「はい」


「せーの」


 扉の向こうへ顔を出す。緑が見えた。こちら(1層)側と同じく草地のようだけど、低木も点在している。花が咲いている種もあり、彩り豊かだ。そして、いた。モンスターだ。


「芋虫、でしょうか」


「そう見えるね」


 距離があるから、正確な体長は分からないけど、中型犬くらいはありそう。木の葉っぱの上じゃなくて、幹にしがみついてる。


「鑑定、届きますか?」


 試してみるけど、どうやら射程外の模様。てか、やっぱ射程とかあるんだな。


「私が魔法を撃ってみましょうか?」


「なるほど。こっちを認識させれば、向かってくるかも知れないね」


「木が燃えたりはしないですよね?」


「たぶん。壁とか壊せないって話だし」


 ミサイル撃ち込んでみた実験があったらしいけど、普通に無傷だったらしい。

 その法則に則るなら、木とか地面とかも非破壊対象なんじゃないかと。


 そういう推測を話すと、菜那ちゃんは得心いったという感じで頷いた。


「ふぁ、ファイアボール……」


 照れがだいぶ入ったな。ただ小声でも問題なく発動した。小さな火の玉が飛んでいく。だが威力が足りないのか、みるみる失速して、やがて木の手前に落ちた。


「私の方も射程が足りなかったですかね」


 苦笑いする菜那ちゃん。なんと慰めるか考えていた、その時。


 ――パチパチ


 聞き慣れない音に、再び前方を向き直す。


「あ」

「あ」


 兄妹でハモってしまう。視線の先、火の手が上がっていた。木の根元の下草が燃え、徐々に幹にも火が昇っていく。


「……おお」


「ど、どうしましょう?」


 真面目な菜那ちゃんは、ひどくオロオロし始める。自分が山火事を起こしてしまったという認識なんだろう。けど、


「落ち着いて。ここは日本の山ではないんだ。罰せられることもないし、人や普通の動物が死ぬこともない。死ぬのはモンスターだけだ」


 噛んで含むようにして、文節ごとに区切りながら話す。菜那ちゃんも俺の落ち着きを見て、また話の内容を理解して、徐々に瞳に力が戻ってきた。


「ダンジョン内部の物を壊したり、モンスターを殺めても、器物損壊にも動物虐待にも当たらないんだ。今の日本の法律では」


「そ、そうですね。良心が痛むだけで……」


 まあ善良な彼女にとっては、それだけでガチ凹み案件かも知れないけど。


 炎がどんどん幹を舐めていく。ついにモンスターに到達した。


「ピギャー!」


 驚いた。悲鳴を上げてる。芋虫の尻に着火し、腹まで到達した炎。そのまま成す術なく体を焼かれていく。思ったより残酷な殺害方法になってしまった上に、この断末魔は正直、中々に罪悪感が。


「……」


 撃った張本人である菜那ちゃんは、俺よりもっと痛ましい顔をしてる。


「昔さ、近所にゴンじいさんって居たの覚えてる?」


「あ、え? は、はい。5年くらい前に逝去された」


「そうそう。あの爺さんが焚き火する時さ、家の敷地内にいるムカデとか捕まえてきて、生きたまま火に放り込むんだよ」


「あ、ああ。思い出しました」


 ついでに俺が何を言いたいかも何となく理解したみたいで、神妙にしている。


「当時は残酷なことするなあと思ってましたけど」


「うん。結局、生きるってことは、殺すってことなんだな」


 この歳になれば、多少は道理が分かってきた。焚き火をするにも資材が要る。だけど、そう何回も何回も草刈りは出来ない。自然に手を入れすぎるからだ。だから、その限られた回数の中で、ついでに燃やせるモンは燃やす。省エネだ。殺虫剤なんかを使った方がスマートで、優しいような気がするだけで、殺生は殺生。優劣なんざない。


「……クラブで殴り殺すのも、火炙りで殺すのも一緒」


「まあ苦しみの度合いは分からないけどね。クラブだって何度も急所を外して、結果として嬲り殺しになるんなら、焼殺と大差ないだろうし」


 ――バサバサ


 ついに低木は倒れた。燃え残った葉が音を立てる。そしてその幹の火は次の木に移り……


 10分ほどで5体を倒してしまった。


『新田拓実のレベルが4→5になりました』


 あ。俺なんもしてないのにレベルが上がった。パーティー経験値説が有力になったな。ていうか、ここら辺も調べておく予定だったのに忘れてた。知らない事が多すぎて、調べ物の手が追いついてないな。


 菜那ちゃんにレベルアップを報告。彼女の方も3→4に上がったらしい。2人とも新たなスキル獲得、既存スキルのレベルアップともにナシ。


 と、その時。木が倒れた拍子に、芋虫の死体が近くまで転がってくる。黒焦げで丸まったそれは、なんかタイヤみたいだった。


「兄さん」


「うん。この距離なら届くな」


 鑑定を使用する。




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 名前:キャタピラー


 レベル:3


 素材:なし


 ドロップ:キャタピラーの糸


 備考:

 ダンジョンの2階層相当のモンスター。大抵のダンジョンの2階層はゴブリンか、このキャタピラーが縄張りを広げている。植物を好んで食べる。高確率でドロップスする糸で編んだ生地は「綿以上シルク未満」という評価。


 戦闘:

 動きは鈍重だが、丸まって身を固くすることが出来るので、打撃・斬撃系に高い耐性を持つ。尻から吐き出す糸で相手を絡め取り、口から酸を吐いてジワジワと敵を溶かすという攻撃手段を持つ。遠距離から魔法(特に炎系が効果的)で討伐するのがベター。


 ====================




 おお、すげえ。知らずドンピシャな倒し方しとるわ。菜那ちゃんのために音読すると、彼女も驚いた後、何とも言えない微笑を浮かべた。

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