第23話:もぬけの殻兄さん

 例の大門が見えてきた。ここまで前回と変わったところはない。ゲームなんかでは入る度に構造が変わる、ランダム生成ダンジョンなんてのもあるけど、ここは違うようだ。ただ世界は広い。もしかすると、そういう性質を持ったダンジョンも、どこかにあるかもな。


『汝ら、この先に行くことを望むか?』


 やがて門の前まで来たところで、例の声が聞こえた。


「あ、一昨日ぶりですね。おかげ様で、地上に戻ることが出来ました。ありがとうございました」


 菜那ちゃんが門に向けてペコリと頭を下げた。


『……』


「ナビさんにも、よろしくお伝えください。お世話になってますから」


 顔を上げ、優しく笑む彼女。身内ながら見惚れそうになる笑顔だ。


『……そんな風に感謝してくれる探索者なんて初めてだ』


 おお、魚心あれば水心ってヤツか。ちょっと感動してる風な声音だ。


『新田菜那のレベルが2→3になりました』


 露骨に贔屓すんな。職権乱用だろ。

 まあナビの声が俺にも聞こえてる時点で実際に上げたワケじゃなくて、ナビなりのジョークなんだろうけどな。


「わわ。ありがとうございます。兄さん、本当にレベルアップしました」


 本当だったわ。ライン超えたな、おい。


「炎魔法を覚えたみたいです」


「な」


 すげえ。魔法覚える人は、かなり希少ってネットで見たぞ。


「ちなみに俺にも何か……」


『……』


「なんでもないです。でもせめて生死が懸かるような嘘とかはやめてくれよ?」


『……』


「私からもお願いします。たった1人の肉親なんです」


『あいわかった』


 クソが。


『……扉を開いた。行くがよい』


「はい。行ってきます」


 ナビとの会話は妹に任せ、俺は例の勝手口に向かう。一応、前回と同じく警戒しながら腕だけ伸ばして戸を開けた。中を覗き込むと、やはり前回と同じく、草原が広がっていた。ただ、


「……金の扉が最初から出てますね」


「うん。それにそこまでの道のりにスライムたちも居ないっぽい」


「リポップ前ってことでしょうか」


 いわゆる再出現までの予備時間中ということか。またまたネットで得た知識だけど、モンスターの湧出は、そういうシステムになっているらしい。ただ他のダンジョンだと、結構すぐ再出現するという話なんだが。実際に何組かの探索者チームが同一階層で狩りをしても、生計が成り立ってることを鑑みるに、確かな情報だと思われる。つまり、こんな2日経っても出てこないなんて事態は通常のダンジョンの法則からは逸脱している。


「参ったな」


 扉の向こうに進んで行く。時々、上も気にしながら(前回の奇襲を踏まえて)歩き続けるも、一向に何の気配もしない。


「これは、いよいよ」


「普通に扉に着いてしまいましたね」


 キラキラと輝く扉。上を見上げる。進化スライムが降ってくることもなく、快晴が広がっている。そういや疑問に思う暇もなくてスルーしてけど、ダンジョン内に空があるのも謎だよな。


「仕方ないな、帰るか」


 言いながら、扉のノブに手を掛けた。すると、


『行き先を選んでください。現在、農園ダンジョンの2階層、出口、の2つが選べます』


 そんなナビゲートが聞こえてきた。


「……」


「……」


 兄妹で顔を見合わせてしまう。


「どう、思います?」


 どう、と言われても。まあでも。確かに変なダンジョンだけど、一応ダンジョンと名がついてるからには、次の階層があって然るべきだよね。


「…………ちょっと覗いてみようか」


「え?」


 2階層に行けば、また進化スライムが居るかも知れない。ゲーム基準でアレだけど、序盤のボスがしばらく先で雑魚敵みたいな感じで出てくることは間々あるし。


「この扉、確か出口に繋がった時も、ノブの感触は残ってたし、すぐには消えないんだと思う」


「あ、それはそうですね。私が振り返って見た時もありましたから。時間か、移動距離か、或いは……そもそもあの出口から繋がったのって、やっぱり庭の死にダンジョンですよね?」


「多分ね。階段上がったらウチの庭だったし」


「じゃあダンジョンを完全に出るまで残ってる可能性もありますね」


「……ややこしい状態なんだよね。死にダンジョンの中に展開された農園ダンジョンの出口が金扉で、抜けると死にダンジョンの中に戻る。で、その死にダンジョンの出口、あの石段の終わりを抜けると、完全に人間界の地上ってことだもんな」


 その地上に出るまで、農園ダンジョンの出口も残ってる説か。ちなみにここ1層に繋がる勝手口もまだ残ってるのを鑑みれば、それなりに可能性はある。


「取り敢えず、繋げてみて、様子を覗いてみるのはアリですかね」


「そうだね。完全に向こうには行かず、頭だけ覗いて、敵の鑑定くらい出来れば儲けものくらいで」


 今日で攻略するとかではなく、ロケハンもどき。


「ナビさん。今の私たちの仮説は正しいですか?」


『……』


 菜那ちゃんが聞いても返事なし、か。流石にこれ以上の贔屓はダメみたいだ。レベルアップだけでも十分ライン超えだけど。


「そういや炎魔法、覚えたんだったよね」


 1層で進化スライムだけ狩る気だったから、まだ掘り下げてなかった。


「ちょっと試し撃ちとか出来る?」


「やってみましょうか」


 そう言って、菜那ちゃんは虚空に向かって手を掲げる。


「ファイアボール!」


 ポフンと小さな火の塊(テニスボールくらい)が空に向かって飛んだ。


「出来ました!」


 嬉しそうに目を輝かせている。


「すごいね。本当に魔法だ」


 当然、ダンジョン内でしか使えないが。そして、例によって例の如く、原理は不明とのこと。


「……ちなみに、その技名は叫ばないとダメな感じ?」


「味方に当たらないように、注意喚起も含めて叫んだ方が良いみたいな注釈があって」


 ちょっと恥ずかしくなったのか、俯き加減にゴニョゴニョと。まあ理に適ってはいるけどね。

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