第22話:ヘソチラ兄さん

 庭の階段を下り、死にダンジョンの最奥へ。念のため、壁際に寄って、広間の中央くらいに穴を開けるイメージで、


「……スキル発動」


 ダンジョン農園を展開する。穴のすぐ下に土の地面が見える。もちろん座標は先と同じく、例のキノコの下あたりだ。


「一蓮托生ですよ?」


 俺が先に行こうと言いかけたところで、菜那ちゃんに釘を刺された。近づいて来て、やや強引に手を繋がれる。例のエンゲージの効果増幅を狙った身体的接触だろう。本当に効果があるかどうかは不明だけど。


「それじゃあ……行こうか」


「はい」


 一歩、穴の中に踏み出す。足がすぐに土の感触を捉えた。と、同時。穴が瞬く間に広がって、死にダンジョンの床が丸っと土に変わった。後ろを振り返る。こちらも広々とした空間に変わっていて、下りて来たハズの石階段は影も形もない。


「不思議ですね。今更かも知れませんが」


「ね。降り立った瞬間に、死にダンジョン内に構築されたみたいな。踏んだ個所を起点に、世界が作り替えられたような」


 穴の向こうに土の地面だけしか見えていなかった時、この農園の残りの部分はどこに存在していたんだろう。


「まあ……考えたところで、分かりそうもないけどね」


 取り敢えず今は……


『スキル:交雑表を獲得しました。ダンジョン農園内で植物を育ててみましょう。ここでしか手に入らない貴重なアイテムが育つかも!?』


 え? このタイミングでスキル獲得? 

 てか昔の攻略本みたいな煽り文句やめろや。けど、なるほど。やっぱり名前の通り、農業が出来るのか、ここでは。


「どうしたんですか?」


 黙り込んでしまった俺に、怪訝そうな表情を浮かべる妹。


「なんか、交雑表っていうスキルをゲットしたみたい」


「交雑、ですか。ああ、ここ農園でしたね、そう言えば」


 ステータス画面を開く。





 ====================


 名前:新田拓実


 職業:Fランク探索者


 レベル:4


 スキル:ダンジョン農園LV2

     鑑定LV2

     交雑表


 備考:

 僅かなカネに目がくらみ、探索者の道に足を踏み入れた。貧すれば鈍する。


 ====================




 辛辣か。この備考欄は非表示とか出来んのか。いつ開いても心無いことしか書かれてないぞ。


 ……気を取り直してスキルの詳細を見ようとするが、よく見ればタップできる感じじゃない。うーん? じゃあ使ってみるか。


「スキル:交雑表を使用」


 と脳内で念じると、目の前にステータス画面とは別のものが浮き上がってくる。たぶんARなのは同じなんだろうけど、ビジュアルが違う。


「本、みたいですね」


「あ、これは菜那ちゃんも見えるんだ?」


「はい、何故か」


 いや、ホントに何故か、だよな。ステータス画面は見えないのに。


「本の形式ってことは、1ページ目に目次があるんじゃないですか? 捲ったり出来ないんでしょうか?」


 手を伸ばしてみる。触れなかったけど、俺の手の動きに反応したのか、1ページ目が開いた。菜那ちゃんが隣にやってくる。髪からトリートメントの良いニオイがして、少しむずがゆかった。


「目次……というよりは、これは」


「???ばっかりだね」


 なんじゃコレ。


『???×???=???』


 という文章がズラッと並んでいるのだ。


「あ、いえ。兄さん、ページの最後、1列だけ開いてますよ」


 菜那ちゃんの細い指がさした箇所。


『進化スライムのコア×薬草=特上薬草』


 と、ある。


「特上薬草!! 700万!!」


 パブロフの犬、いや資本主義の犬か。特上薬草と見ただけで、胸の奥がカッと熱くなった。


「……なるほど。交雑表。何と何を掛け合わせれば何が出来るか、示唆してくれてるんですね」


 じゃあ他にもあるかも、と次のページを捲る。


『進化スライムのコア×???=???』


 という列が、10個以上続いている。


「???を開けるには、手に入れたことのあるアイテムとか、そういう条件があるんでしょうかね」

 

「かもね」


 仮説段階でしかないけど、ありそうだ。


「しかしこれは。今、進化スライムのコアがあるから、薬草を手に入れることが出来たら、またまた700万円確定か」


 夢が膨らむ。ていうか、進化スライムの期待値がヤバい。仮に本体が特上薬草を持ってなくても、コアを手に入れて、薬草と掛け合わせれば……


「錬金術ですね、まるで」


「うん。これは是が非でも、また農園ダンジョンに潜らないとな」


 俄然やる気が出てきた。俺たちは農園の壁際、前回、大穴を見つけた辺りに視線をやる。


「行きましょうか」


「うん」


 今、目が¥のマークになってるかも知れんな。


 今度は直線距離を歩いたおかげか、5分程度で目的の大穴に辿り着いた。ゴルフクラブをまた服の背中側に入れる。これも毎回だと面倒だしシャフトがゴロゴロして痛いし、クラブバッグくらい買うべきかなあ。


「ねえ菜那ちゃん」


「きゃっ!」


 振り向いて訊ねようとしたら、ちょうど彼女は服を捲ったせいで、おへそが出ているところだった。


「ご、ごめん!」


 迂闊だった。前回は、そうか。俺だけ先に行ったから。


「いえ……でも今後はクラブを出し入れする時は」


「あ、いや。小さめのクラブバッグを買おう。肩に掛けれるヤツ」


 決定事項だ。こういう気まずい事故を二度と起こさないためにも。

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