第21話:登録完了兄さん

「あ、新田さん! おかえりなさい!」


 ギルドに戻ると、堀川さんと佐藤さんが笑顔で出迎えてくれる。レスポンスの速さからいって、相当ヒマしてたんだろうな。もはや俺、ここの職員になりたいんだが。


「ただいま戻りました。スライムは何体か倒しましたけど、ドロップは出ませんでしたね」


「ああ、それは仕方ないです。かなり薄い確率で薬草を落とすんですが、まあ考慮に入れなくていいレベルの数字です」


 1%切っているそう。菜那ちゃんに1日チャレンジしてもらったら、どういう結果になるか少し興味はあるけど。


「そうそう、新田さん。探索者カードが出来てますよ。番号札を取ってください」


 4番窓口まで移動した佐藤さんが、俺を呼ぶ。4番窓口の天井から垂れ下がってる札には「各種証明発行」と書いてある。なるほど。カードの発行ということで、ここで手渡したいんだろう。


「はい、ください」


「……番号札をお取りください」


 面倒くさいな、おい。とは思いつつも1番窓口脇まで戻り、タッチパネルを操作して発券する。印字されたのは2番。1番も俺なんだよなあ。


「番号札2番でお待ちの新田さ~ん♪」


 佐藤さん、嬉しそうだ。さっき堀川さんがやってるの見て、羨ましかったんだろうな。


「はい、ください」


「はい。こちらになります。査定時に、これを提出していただくだけで、お振り込みの際などに面倒な記入が省略できます。身分証明書としても使えますよ」


「なるほど、便利ですね」


「ちなみに……どうでしたか? ダンジョン探索は?」


 佐藤さんの後ろから、堀川さんが訊ねてくる。どこか伺うような調子なのは、恐らく俺が今回だけで辞めないかどうか探りたい、って感じか。ネット掲示板(初心者板)でも、いざやってみたけど、殺生に慣れない、今後リスクを取ってまで続けたいと思えないという書き込みも沢山あった。


「まあ、思ったよりは罪悪感はないですね。ウチも田舎ですからね。たぶん都会の人よりは耐性があるのかなと」


 家に虫が入ってきたら殺すし、猟友会の人たちが撃ったイノシシの肉を頂戴することもある。生きるために他の命を摘むという事に対する抵抗感は、比較的少ない方だとは思う。それにぶっちゃけ、今日が本当の意味での初日ではないしな。


「また寄らせてもらいますよ」


「本当ですか!?」


「は、はい。その予定です」


 ここなら職員は女性のみ。他の探索者も居ないみたいだし、菜那ちゃんを連れて来やすい。各種、実験や検証も人の目を気にせずに出来る。諸々、好都合なんだよな。


「あ、そうだ。武器を買った方が良いのかなと思うんですが、やっぱり第1ダンジョンの方ですかね?」


「そうですね。高崎なら幾つかはありますけど……本格的なモノを探すなら、大宮や東京まで出た方が良いですね」


「まあでも、実際のところ、初心者のうちはゴルフクラブやハンマーなんかはオススメですよ、普通に」


「そうなんですか?」


「ええ。張り切って剣とか買ったは良いけど、閉所で振り回して逆に自分の足を斬っちゃったとか。ええ、よくあるんですよ」


 なるほど。まあ俺もそれが怖くて鉈は避けたしな。


「そうですか……じゃあ取り敢えず低層はクラブで頑張ってみます」


 とは言いながらも、2階層に下りるなら、相手はゴブリン。棍棒VS5番アイアンの凄絶な殴り合いはやりたくないんだよなあ。


「じゃあ、今日のところはこれで」


「また来てくださいね!」


「きっとですよ!」


 熱烈なラブコールを振り切り、ギルドを出た。スライム討伐で温まった体に、秋風が心地よかった。












 敬天女学院高校けいてんじょがくいんこうこうの正門前に、車を止める。もう既に妹は門の脇で待っていたらしくて、すぐにこちらを見つけて手を振ってきた。


「おかえり」


 助手席に乗り込んできた彼女に挨拶するが、


「ど、どうでしたか? 売れましたか?」


 ただいまも忘れ、息せききって聞いてくる。俺は苦笑を浮かべながら、ウィンカーを出す。


「売れたよ。しかも700万円」


「え!? 600万じゃなかったんですか?」


「それがさ……」


 俺はギルドで聞いた話をそのまま彼女にもする。


「そう、ですか。世知辛いですね。お金を稼ごうと思って入ったダンジョンで怪我して、逆にお金がかかる」


「ああ。俺たちは運が良かった」


 と、言い切るのも早計かも知れないけどな。これで欲をかいて、大怪我や死亡なんてことになったら、700万円稼いだって、何のこともないんだから。


「兄さんも何か、欲しい物があったら買って下さいよ? 2人で掴んだ物なんですから」


 菜那ちゃんの学費、服代あたりで考えてたけど、見透かされてるみたいだね。俺は曖昧に笑うだけに留めて、


「それとさ、ダンジョン農園なんだけど」


 話題を変える。まあこっちも話しておきたかったのも間違いないけど。


「スキルレベルが上がって、安全に行けるようになったよ」


「本当ですか?」


「うん。もしかして休み時間とかにパラシュートが買えないか調べてくれてたりした?」


 今度は菜那ちゃんの方が曖昧に笑い返してくる。悪い事したか。とは言え、ダンジョン内で何か新事実を発見しても、電波届かないからレインとか出来ないんだよな。


「じゃあ明日は休みですし、一度潜ってみましょうか。あ、でも兄さんは昼に潜ったからお疲れですね」


「いや、行こう。疲れたって言ってもゴルフクラブで20回くらいスウィングしただけだし」


 確かに500万円近い臨時収入はあったけど、まだまだ。とにかく、あのスライムでか否かを早いとこ見極めたい。ダメとなった時、普通の就職をするにしても早い方が良いからな。


 というワケで、今晩8時頃に再び農園ダンジョンに潜ることとなった。

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